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新ブランド「天つ風」誕生

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 それからいよいよ稲里と酒母室に入ることが多くなった。

「和、三番タンクと十番タンク十一番タンク分析用に濾液取っておいてくれ」

 わかったと返事してロートに濾紙を畳入れて下に三角フラスコを置き、各タンクから濾液ろえきを取っていく。こうやって定期的にボーメ(日本酒度)と酸度を測り、酒母の状態をチェックする。それは仕込みも同じで東郷と末廣が毎日分析を行っている。

 分析室に向かう途中、すっかり雪が積もった蔵を眺めて

(もうすぐ一年だな)

 とあの日のことを思い出した。窓を見たら真っ白で、何処に来たのか、さっぱりわからないうちに酒造りに参加させられたのだ。そんなことを考えて洗い場に戻ると、龍が嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。

「徳さん、さくやひめが今搾られたっすよ!」
「おお、それでどうだった味は?」
「うちの田んぼに引いてる川の香りがしました!」

 川の香りって何だ、と俺は疑問に思いつつ、猪口を受け取って含んでみると、山田錦よりも癖があることがわかった。しかし繊細で辛口で淡麗だ。

「確かに独特の香りはあるけど味は辛口ですっきりしてて旨いよ」
「本当っすか?」

 そこに杜氏がすっと仕込み蔵から現れた。

「杜氏さん、さくやひめの酒頂きました」
「旨かったっす!」

 そうかと杜氏が頷いた。

「何ていう酒になるんですか?」
「蔵元は『天つ風』と呼んでいたよ。癖があるから加水とアル添でバランスをとるか」

 ぶつぶつ呟きながら杜氏は蔵を出ていった。

 天つ風。白滝杯での真澄が浮かんだ。天を吹く風に舞い踊る乙女たちの姿を雲で隠さないでくれという歌だったはずだ。真澄は今頃センター試験の真っ最中だろう。元気でいるだろうかと安否が気にかかった。
 
 数日して更に雪が深くなった一月の下旬、山古志が今年も洗米予定表を見ていた。

「今年もこの時期か。げんなりするな」
「大吟醸ですか」

 洗米予定表には大吟醸の文字が刻まれている。

「去年もピリピリしてただろう。今年も気ぃ張るんだろうなぁ。」

 やれやれと仕込み蔵に消えていった。狸たちも忙しそうにその後ろを駆けていった。
 
 今年も大吟醸の洗米は手洗いで行われ、水は肌を切り裂くように冷たかった。しかし今年は龍がいてくれるので、ペース的には余裕があった。

「大吟醸って飲んだことないっすけど、旨いもんなんすか?」
「ああ、龍くんは去年専門出たばっかりだもんね。やっぱり旨いよ。楽しみにしておきなね」

 亀の井がそう言うと、うっすと龍が敬礼をした。
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