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始まる集まる呑み歩きフェスタ
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その日の十時、瓶詰作業では三十分間のおやつ休憩がある。大久保がカレンダーを見ながらそろそろねぇと茶を啜りながら言った。
「何があるんですか?」
俺が尋ねるとよくぞ聞いてくれたとばかりに大久保は目をキラキラさせて答えた。
「呑み歩きフェスタよぉ。隣の白藤市の公園でイベントがあってね、うちの酒も出店するの。ワインに地ビール、露店もたくさん出て、バンドも来るんだから」
そんなイベントがこんな田舎でもあるのか。菓子をつまみながら俺は思った。
「秋と春にもイベントやってるんだけど、蔵の人は忙しいからね。他の人でやってたの」
そうだったのか。それを聞いた瞬間俺は嫌な予感がした。
「今回は徳明君も参加できそうだね。二週間後の土曜日だからよろしく頼むよ」
私から蔵元に伝えておくからねと船越が笑った。どうやら休日出勤の生贄を探していたらしい。暇だしいいかと俺は気楽に構えた。
イベントの前日の金曜の午後、蔵は準備に右往左往していた。テーブルを近くの公民館から借り、テントを運び出し、試飲用の樽酒と販売用の酒をトラックに詰め込んだ。明日のメンバーは営業から泉川と稲里、瓶詰では大納川と俺、販売の常盤。そして蔵元が途中で顔を出すらしい。
「君が徳明君か」
香水の香りを漂わせながら泉川が声を掛けてきた。
「泉川さんですよね」
「そう、まさしく俺は泉川玲だ。このイベントは俺が実行委員として計画してきたものだ。明日は是非とも成功させたい。協力頼むよ」
内容は真っ当だが、流し目で言われると笑ってしまいそうになる。
「初めてですけど、全力でやらせてもらいます」
「ああ、それじゃあまた後で」
踵の返し方もなんだか社交ダンスめいていた。
ふれあい広場と書かれた広い芝生の会場にはすでにいくつもテントが建っていた。テントを建て、暖簾をかけ、のぼりを立てた。
「よし、それじゃあ明日八時に蔵集合でよろしくね」
ウィンクしながら泉川が言って解散となった。
イベント当日は日頃の行いからか快晴だった。
「おはよう、皆。準備は大丈夫かい?」
「おお、抜かりはねぇ」
大納川がバンを軽く小突いた。
「OK!じゃあ車に乗って」
大納川がバンを、稲里がトラックを運転して会場へと向かった。
「今日は暑くなりそうだから、人がたくさん来そうだな」
稲里がトラックの助手席に乗り込んだ俺に楽しそうに話しかけた。
「他の蔵は来ないのか?」
「日本酒はうちだけだ。後は聞いてると思うけど、五十鈴ワインさんとアルプスビールさんが来る。どっちもこの近くに蔵があるんだ。どっちも飲んだことがあるけど、旨いぞ。露店も来て、焼き鳥屋とかピザだとか蕎麦屋とか出てるぞ」
へぇと相槌を打ちながら、運転席の稲里を見る。
「ところで潤は大型車両免許持ってるのか?」
「中型まで持ってるけど、これ普通免許でも乗れるよ」
トラックは山道を滑らかに走っていく。
「九時入場、十時開催ですよね?」
「その通りだ。お客様はこのワイングラスを持ってやってくるから、お好みの酒を自由に注いでくれ」
泉川がワイングラスを見せた。ワイングラスは下が漆器になっており、普通の物より一回り小さかった。
「このワイングラスが入場券代わりになる。ちなみに日本酒もビールもワイングラスなのはISO規格のテイスティング用のものだからだ。そしてデザインしたのは俺だ!」
泉川が朗々と語った。
「それはすごいですね」
まぁなと必要もないのに前髪をかき上げた。本当に前髪をかき上げる人初めて見た。
用意した酒はにごり酒の霞と本醸造酒の山桜、純米酒、純米吟醸、大吟醸の暁の五種類だ。氷の入った桶に酒瓶を入れ、酒樽に柄杓を入れ用意は整った。全員、神河酒造の法被を着ている。祭りの始まりだ。
「何があるんですか?」
俺が尋ねるとよくぞ聞いてくれたとばかりに大久保は目をキラキラさせて答えた。
「呑み歩きフェスタよぉ。隣の白藤市の公園でイベントがあってね、うちの酒も出店するの。ワインに地ビール、露店もたくさん出て、バンドも来るんだから」
そんなイベントがこんな田舎でもあるのか。菓子をつまみながら俺は思った。
「秋と春にもイベントやってるんだけど、蔵の人は忙しいからね。他の人でやってたの」
そうだったのか。それを聞いた瞬間俺は嫌な予感がした。
「今回は徳明君も参加できそうだね。二週間後の土曜日だからよろしく頼むよ」
私から蔵元に伝えておくからねと船越が笑った。どうやら休日出勤の生贄を探していたらしい。暇だしいいかと俺は気楽に構えた。
イベントの前日の金曜の午後、蔵は準備に右往左往していた。テーブルを近くの公民館から借り、テントを運び出し、試飲用の樽酒と販売用の酒をトラックに詰め込んだ。明日のメンバーは営業から泉川と稲里、瓶詰では大納川と俺、販売の常盤。そして蔵元が途中で顔を出すらしい。
「君が徳明君か」
香水の香りを漂わせながら泉川が声を掛けてきた。
「泉川さんですよね」
「そう、まさしく俺は泉川玲だ。このイベントは俺が実行委員として計画してきたものだ。明日は是非とも成功させたい。協力頼むよ」
内容は真っ当だが、流し目で言われると笑ってしまいそうになる。
「初めてですけど、全力でやらせてもらいます」
「ああ、それじゃあまた後で」
踵の返し方もなんだか社交ダンスめいていた。
ふれあい広場と書かれた広い芝生の会場にはすでにいくつもテントが建っていた。テントを建て、暖簾をかけ、のぼりを立てた。
「よし、それじゃあ明日八時に蔵集合でよろしくね」
ウィンクしながら泉川が言って解散となった。
イベント当日は日頃の行いからか快晴だった。
「おはよう、皆。準備は大丈夫かい?」
「おお、抜かりはねぇ」
大納川がバンを軽く小突いた。
「OK!じゃあ車に乗って」
大納川がバンを、稲里がトラックを運転して会場へと向かった。
「今日は暑くなりそうだから、人がたくさん来そうだな」
稲里がトラックの助手席に乗り込んだ俺に楽しそうに話しかけた。
「他の蔵は来ないのか?」
「日本酒はうちだけだ。後は聞いてると思うけど、五十鈴ワインさんとアルプスビールさんが来る。どっちもこの近くに蔵があるんだ。どっちも飲んだことがあるけど、旨いぞ。露店も来て、焼き鳥屋とかピザだとか蕎麦屋とか出てるぞ」
へぇと相槌を打ちながら、運転席の稲里を見る。
「ところで潤は大型車両免許持ってるのか?」
「中型まで持ってるけど、これ普通免許でも乗れるよ」
トラックは山道を滑らかに走っていく。
「九時入場、十時開催ですよね?」
「その通りだ。お客様はこのワイングラスを持ってやってくるから、お好みの酒を自由に注いでくれ」
泉川がワイングラスを見せた。ワイングラスは下が漆器になっており、普通の物より一回り小さかった。
「このワイングラスが入場券代わりになる。ちなみに日本酒もビールもワイングラスなのはISO規格のテイスティング用のものだからだ。そしてデザインしたのは俺だ!」
泉川が朗々と語った。
「それはすごいですね」
まぁなと必要もないのに前髪をかき上げた。本当に前髪をかき上げる人初めて見た。
用意した酒はにごり酒の霞と本醸造酒の山桜、純米酒、純米吟醸、大吟醸の暁の五種類だ。氷の入った桶に酒瓶を入れ、酒樽に柄杓を入れ用意は整った。全員、神河酒造の法被を着ている。祭りの始まりだ。
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