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求道者とハンバーグ

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「杜氏さん、蔵元が探していましたよ」

 杜氏は心ここにあらずという様子だった。

「蔵元が何だって?」

 言っていいか迷ったが伝えることにした。

「金賞受賞したって喜んでましたよ。おめでとうございます」

 そうかと静かに言って杜氏はタンクを見上げた。ステンレスの貯蔵タンクは三メートルほどの高さがあり、温度調整が出来るようになっている。

「徳明君はあの酒を美味しいと思ったかい?」
「利き酒の時の酒ですよね。旨かったです」
「そうか、じゃあいつも飲んでる純米酒や本醸造はどうだ?」
「旨いです」

 何も考えず、そのまま答えた。杜氏がタンクを撫でた。

「大吟醸は一部の酒で、普段皆口にするのは安い醸造酒が基本だ。酒蔵によっては賞を取るために大吟醸だけ丁寧に贅沢に造り、残りの酒は質を落としている場合もある。酒はそもそも等級が上がるごとに精米歩合が小さくなっていく。それだけ米を無駄にしているということだ。高価な酒米を使った上でそうした造り方をする」

 贅沢品なんだよねと下をうつむいた。

「醸造技術の向上のためとか言ってるけどこれで良いのかな」

 俺には難しすぎて何といっていいかわからなくなり、また頭が真っ白になった。

「俺、ハンバーグが好きです」

 杜氏が明らかにきょとんとした顔をした。

「豚肉が入ってる合い挽きのやつ。ジューシーだし、うちの母の作るハンバーグはナツメグと胡椒多用してて、市販の奴より癖が強いんです。でも俺、ステーキも好きです。滅多に食べれないけど。肉そのまんまの味で美味いです」

 全然違うけどと呟く。

「食べるのはお客様で選んでもらえて、美味しく飲んでもらえたらそれで良いと思います。杜氏さんが賞取るためとかじゃなくて、いつもみたいに誠実に作った酒だったらそれで良いんだと思います」

 ひどく身勝手で上から目線の発言だった。

「すみません、俺混乱して変なこと言って……」

 良いんだと杜氏は答えた。怒りもせず納得したわけでもない素朴な声だった。

「私は賞をとるためでも蔵のためでもお客様のためでもなくただ旨い酒を造りたかっただけなんだから」

そこには妄執もうしゅうに似た求道者の姿だけがあった。
 
 
 夜、アプリで蔵人グループにメッセージを送った。

『祝 金賞受賞』
『おめでとー!!二年連続だぁ!』と稲里のメッセージが一分後に届き、スタンプを押しまくってあった。
『おめでとうございます。皆の努力が実を結んでとても嬉しいです』亀の井がメッセージを書きこむと、
『皆ってお前も造ったんだろうが。まぁ、何はともあれおめでとさん』と山古志が書き込みした。
『おめでとう。蔵元と杜氏によろしく』と香取が十分ほどかけてメッセージを書いてきた。意外にも絵文字も使ってある。
『皆本当にお疲れ様でした。杜氏に代わって感謝のメッセージを送ります。来年もよろしくお願いします』末廣が書き込んだ。
するとピコンと鳴って東郷が某名作ロボットアニメの赤い敵役の勝利を祝う名台詞のスタンプが押されていた。
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