最強の聖女は恋を知らない

大陸放浪編

英雄の回想～察知～

　異変に気付いたのは出向してからある日の昼前だった。

風の音色が騒がしくなり、海水とは異なる水の匂いが立ち上って来た。

おれは自分で巻いたローブを外し、操舵室に駆け込んだ。



「船長ですか？　私はルークと申します。こちらから南南東の方角に嵐が発生しています。航路を変えなければ、このままだと直撃します」

「な、お前、航路に文句つけようって言うのか？！　この天候のどこにそんな兆しがある？世迷い言も大概にしろ」

「ですが、ここまで水の匂いと風の音がしてきます。かなり大型です。回避された方が良いかと……」

「素人が何を言ってるんだ！よそ者はさっさとどけ。邪魔だ！」



温厚なおれもこれにはちょっとカチンときた。



「だぁかぁらぁ、南南東、二時の方向に嵐が発生しているって言ってんだろぉが！」

「この天候でそんな兆しは見えない。何を根拠に言ってるのかね？」

「ちょっとルークさん、船長に何を文句言ってるんですか？」



マヤがフローレンス語でおれを宥めるように話しかけた。

おれは目だけでマヤを見た後、船長に指をさした。



「こいつが分からず屋なんだ。風の音色も水の匂いもしてるのに、こいつら船乗りのくせに鈍感すぎるぜ」



マヤもピンとこない様子だったが、おれの眼をじっと見ると覚悟を決めた顔になった。



「船長、彼は正真正銘の青嵐の騎士です。彼の言葉をどうか信じては頂けませんか？私はマヤ・クラキ。聖フローレンス王国の顧問魔術師です。これがその証です」



マヤは懐中時計を取り出して船長に見せた。

その横からあの甲板長が口添えをした。



「船長、このお嬢さんは信用しても良い人ですぜ。まさか、顧問魔術師ったぁ知りませんでしたが、国際展覧会でも真正面から話聞いてくれたんです」



それを聞いて船長は固く結んでいた口を開いた。



「どこに航路を取れば、嵐を避けられる？」

「……西に一端回避すれば、嵐の横をすり抜けられる」



おれの言葉にとうとう船長が頷いた。



「進路変更。取舵一杯！」

「イエッサー、キャプテン！」



　船って言うのは乗ってるやつは一蓮托生だ。

東の空を見ると黒々とした雲がとぐろを巻いていた。

あんな嵐に遭遇したら転覆、あるいは難破していただろう。

どちらにしても結果は同じだが。



嵐はすり抜けたというのにこちらの方も霧がかっていた。

舳先に戻ろうとしたらそこにマヤがいた。

そしてその刹那マストの先に光が灯った。

それはほんとに一瞬のことでおれの見間違いかと思った。

それから少しするとイスラ共和国がやっと見えてきた。



やっとこの船旅が終わると思ったおれの安心感と解放感を想像してみてほしい。