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50話 連れ去り
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「その言葉は貴殿にそのまま返そう」
「……オレン」
「こ、の、」
抵抗しようとするヨハンネスの手を掴んだまま力をいれるとギリギリ骨の軋む音がした。同時、ヨハンネスの叫びがあがる。掌の筋肉、母指内転筋でさえレベル9を叩き出してるんだから適うはずがない。さすが全体バランスマックスの筋肉。
あ、違う。今そういう雰囲気じゃない。
「私の婚約者に暴力を振るうことが、どういうことか理解しているか?」
「婚、約者」
言葉に詰まり出てこないまでも、ネカルタス王国の王女と結婚するじゃないのかと安易に言っている。
「話は少し聞かせてもらったが、我が侯爵家への暴言はさすがに看過できない」
「それはこいつに言ってるだけで」
「私の婚約者だから、侯爵家へ言っているのと同義だ」
悔しそうに唸るのは勝手だけど、もう取り返せないとこまできている。ヨハンネスの言葉は完全にアウトだ。
「正式に争っても構わないが、互いに爵位と職務をかけることになるかな」
そうなればヨハンネスが負けるだろう。どちらにしてもオレンを軽んじてる時点でアウトだ。
「それは……」
「ミナに二度と関わらないなら、見逃してもいい」
「そんなこ、」
「ここで決闘をしてもいいが?」
さっとヨハンネスの血の気が引いた。純粋な腕の力を第一に考えるキルカス王国騎士団のトップと戦うなんて、筋肉全体バランス5のレベルならありえない。死ににいくだけ。
周囲にちらほら見回りの騎士がいて、時折様子を見ているのは、団長であるオレンの合図を待っているからだ。
「け、っとう」
「私はそのぐらいのものをかける価値があると思っている」
命をかけてもいいってこと?
「どうする? 私はどちらでも構わない」
「あ……」
ヨハンネスがチラリと私に視線を送る。助けるわけないのに。
その視線に気づいたオレンが私を呼ぶ。
「ミナ」
オレンは私の嫌がることはしない。
いつも気遣ってくれるし、肯定してくれる。受け入れてくれる。
私が見上げて視線を合わせ微笑むと、オレンの眦が下がり瞳が蕩けた。映る私が揺らめく。
「オレンを信じます」
「ありがとう」
「オレンの思うままにやってください」
「ああ」
ぎらりと鋭い視線がヨハンネスに戻る。身を竦め震え、たどたどしく声をあげた。
「こ、侯爵閣下、申し訳ありません!」
「謝罪は結構。君はどうしたいんだ?」
「二度と御婚約者様には近づきません! どうかお許しください!」
私に視線を寄越し確認するオレンにしっかり頷いた。
なおも謝罪を繰り返すヨハンネスには呆れるしかなかったけど。
「よろしい。行きなさい」
これで決別できる。
「……ふう」
「行ったか」
嫌な時間だった。
「ありがとうございます」
「いや、でしゃばったかと思ったが」
「いいえ。私だけだと追い返せないと思っていたので助かりました」
「そうか」
よかったと微笑む。
すっと力が抜けた。緊張感が解けていく。
オレンの優しさのおかげだ。
「ミナ、この後は?」
「あ、洗剤買うんでした」
なら付き合おうというオレンの申し出をすんなり受け入れた。今までなら断ってるのに不思議だ。
二人揃って歩く。
「ミナには謝らなければいけない」
「え?」
助けてくれたのにどうしてだろうと見上げると気まずそうな姿があった。
「騎士舎で君が告白を受けるのを見ていた」
「あ、あれ……」
「そのまま気になってついてきしまった」
完全に犯罪だと肩を落とす。
「結果的に助けてもらいましたし、気にしてませんよ」
「そうか……」
「でも今度は声かけてください」
「え?」
「今も次からも一緒に行きましょう」
途端ぱっと雰囲気が明るくなる。本当普段のオレンからは想像できない。
「ミナ、ついでに画材屋に行こう」
「え?」
そういえば色が足りないのがあった。
洗剤を買った場所からすぐ近くに画材屋があったから、そのまま絵具を買いにお店に入る。
「……」
いつも通り無言の店主が見守る中、画材を買う。
オレンは絵具以外にも購入するつもりだったようで、あれこれ店長に質問している。
店長は無言なのに望んだ商品を紹介したり、説明書使ってるのか会話が成立していた。最初こそ無言で怖い部分があったけど親切な人だというのは分かる。
「ここは私が払おう」
「ありがとうございます」
先に出てますねと伝えて店の外に出た。結局、最初の時から画材費用は返してない。金額はきちんと貯めて別で保管済みだ。払ってもらうのが最適なのは分かってるけど、私の気質ではなかなかそうもいかない。
「ん?」
店を出たところでひらりと足元に紙が落ちていた。拾った瞬間赤く輝く。
その光は知っていた。
南端ラヤラで魔法大国ネカルタスの王女がとらわれていた建物の壁から見えた光と同じだ。
「ま、」
瞬間、引っ張られる感覚と共に視界が変わろうと動く。
「ミナ!」
「オレ、ン」
店から慌てて出てくるオレンの姿を最後、香料を口にした時のような嫌な感覚を全身で浴び、気持ち悪さに意識が飛んだ。
「……オレン」
「こ、の、」
抵抗しようとするヨハンネスの手を掴んだまま力をいれるとギリギリ骨の軋む音がした。同時、ヨハンネスの叫びがあがる。掌の筋肉、母指内転筋でさえレベル9を叩き出してるんだから適うはずがない。さすが全体バランスマックスの筋肉。
あ、違う。今そういう雰囲気じゃない。
「私の婚約者に暴力を振るうことが、どういうことか理解しているか?」
「婚、約者」
言葉に詰まり出てこないまでも、ネカルタス王国の王女と結婚するじゃないのかと安易に言っている。
「話は少し聞かせてもらったが、我が侯爵家への暴言はさすがに看過できない」
「それはこいつに言ってるだけで」
「私の婚約者だから、侯爵家へ言っているのと同義だ」
悔しそうに唸るのは勝手だけど、もう取り返せないとこまできている。ヨハンネスの言葉は完全にアウトだ。
「正式に争っても構わないが、互いに爵位と職務をかけることになるかな」
そうなればヨハンネスが負けるだろう。どちらにしてもオレンを軽んじてる時点でアウトだ。
「それは……」
「ミナに二度と関わらないなら、見逃してもいい」
「そんなこ、」
「ここで決闘をしてもいいが?」
さっとヨハンネスの血の気が引いた。純粋な腕の力を第一に考えるキルカス王国騎士団のトップと戦うなんて、筋肉全体バランス5のレベルならありえない。死ににいくだけ。
周囲にちらほら見回りの騎士がいて、時折様子を見ているのは、団長であるオレンの合図を待っているからだ。
「け、っとう」
「私はそのぐらいのものをかける価値があると思っている」
命をかけてもいいってこと?
「どうする? 私はどちらでも構わない」
「あ……」
ヨハンネスがチラリと私に視線を送る。助けるわけないのに。
その視線に気づいたオレンが私を呼ぶ。
「ミナ」
オレンは私の嫌がることはしない。
いつも気遣ってくれるし、肯定してくれる。受け入れてくれる。
私が見上げて視線を合わせ微笑むと、オレンの眦が下がり瞳が蕩けた。映る私が揺らめく。
「オレンを信じます」
「ありがとう」
「オレンの思うままにやってください」
「ああ」
ぎらりと鋭い視線がヨハンネスに戻る。身を竦め震え、たどたどしく声をあげた。
「こ、侯爵閣下、申し訳ありません!」
「謝罪は結構。君はどうしたいんだ?」
「二度と御婚約者様には近づきません! どうかお許しください!」
私に視線を寄越し確認するオレンにしっかり頷いた。
なおも謝罪を繰り返すヨハンネスには呆れるしかなかったけど。
「よろしい。行きなさい」
これで決別できる。
「……ふう」
「行ったか」
嫌な時間だった。
「ありがとうございます」
「いや、でしゃばったかと思ったが」
「いいえ。私だけだと追い返せないと思っていたので助かりました」
「そうか」
よかったと微笑む。
すっと力が抜けた。緊張感が解けていく。
オレンの優しさのおかげだ。
「ミナ、この後は?」
「あ、洗剤買うんでした」
なら付き合おうというオレンの申し出をすんなり受け入れた。今までなら断ってるのに不思議だ。
二人揃って歩く。
「ミナには謝らなければいけない」
「え?」
助けてくれたのにどうしてだろうと見上げると気まずそうな姿があった。
「騎士舎で君が告白を受けるのを見ていた」
「あ、あれ……」
「そのまま気になってついてきしまった」
完全に犯罪だと肩を落とす。
「結果的に助けてもらいましたし、気にしてませんよ」
「そうか……」
「でも今度は声かけてください」
「え?」
「今も次からも一緒に行きましょう」
途端ぱっと雰囲気が明るくなる。本当普段のオレンからは想像できない。
「ミナ、ついでに画材屋に行こう」
「え?」
そういえば色が足りないのがあった。
洗剤を買った場所からすぐ近くに画材屋があったから、そのまま絵具を買いにお店に入る。
「……」
いつも通り無言の店主が見守る中、画材を買う。
オレンは絵具以外にも購入するつもりだったようで、あれこれ店長に質問している。
店長は無言なのに望んだ商品を紹介したり、説明書使ってるのか会話が成立していた。最初こそ無言で怖い部分があったけど親切な人だというのは分かる。
「ここは私が払おう」
「ありがとうございます」
先に出てますねと伝えて店の外に出た。結局、最初の時から画材費用は返してない。金額はきちんと貯めて別で保管済みだ。払ってもらうのが最適なのは分かってるけど、私の気質ではなかなかそうもいかない。
「ん?」
店を出たところでひらりと足元に紙が落ちていた。拾った瞬間赤く輝く。
その光は知っていた。
南端ラヤラで魔法大国ネカルタスの王女がとらわれていた建物の壁から見えた光と同じだ。
「ま、」
瞬間、引っ張られる感覚と共に視界が変わろうと動く。
「ミナ!」
「オレ、ン」
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