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48話 気持ちの整理がつく
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「ヘイアストインさん、自分と結婚してください!」
「え?」
突然何を言い出すかと思ったら婚約の申し出だった。オレンも結構急に「責任とる」って言いだしたのを思い出し、騎士ってみんなこんな感じなのかと思ってしまう。
「ネカルタス王国の方と団長が結婚するなら、ヘイアストインさんはお相手いませんよね?」
「それは噂ですよ」
結局こうしてまだ信じている人がいる。
「お相手いないなら是非自分を選んでほしいです!」
「えっと……」
「ヘイアストインさんは自分なんかにも優しくしてくれましたし」
騎士舎での雑務とか事務仕事での書類提出のお願いとか、騎士全員にしていることが彼にとっては特別なものだったらしい。気持ちは嬉しいけど全部仕事だ。特別に応えられるものじゃない。
それに彼はヨハンナさんやアンナさんからやめとけと言われるほど、色んな女性に声をかけ手を出しているって噂もある。同じ騎士団員からも似たようなことを言われていた。笑顔が爽やかだけど筋肉レベルも大したことないし好みの見た目でもない。
「自分、田舎から出てきて野暮ったいし、爵位もそんな高くないし、団長なんかと比べたら豪華なドレスもプレゼントできないですけど、気持ちは本物です!」
私と同じような境遇だ。
王都に出てきて稼ぐ。低爵位だけど一応貴族で、コンプレックスなのかそこを気にしてしまう。
「騎士としてこれからも頑張ります! 婚約とは言わず、お付き合いからお願いします!」
深々と頭を下げられる。
目の前の彼となら価値観が近く一緒にいても過ごしやすいかもしれない。
住む世界が近いからだ。
けど、どうしてもオレンが離れない。
住む世界は違ってもオレンとの時間はとても穏やかで楽しくて眩しかった。
蕩けるグレーの瞳が頭から離れない。水彩画のような滲む綺麗な眼は私のお気に入りだ。
刷毛で塗ったようなハイライトが輝く髪も好きで。
ああ、やっぱりだめだ。オレンが私の中で大きくなりすぎている。
「……ごめんなさい」
「ヘイアストインさん」
「私、団長が好き、みたいです」
だから他の男性とお付き合いできない。
かなわなくても、オレンとの時間がなくなったとしても、私は彼が好きで当面それは変わらない。
もしかしたらずっと変わらないかもしれないけど、それでもいいと思えた。
結ばれなくても、想うだけなら許されるはず。
「……お試しとかも」
「ごめんなさい」
「そうですか」
やっぱり団長が、と言葉を濁す目の前の騎士に私は無言で頷いた。
オレンが好き。
ずっと持っていた想いだ。他の人と付き合おうと思えないぐらい、私の気持ちは想像以上に重いって今気づいた。
「……私、団長に助けてもらったことがあって。それで騎士団で働こうって思ったんです」
王都に来て間もない頃は王都の食事処で働いていた。
その日は夜、仕込みの食品を抱えて店まで歩いていたら、酔っ払いに絡まれて。うまくかわせなくて、おろおろしていたら巡回中だったのかオレンが間に入ってくれた。
その時の大きな背中は今でもきちんと覚えている。今まで何度も見た。
最近はあの詐欺師との間に入ってくれた時だ。いつだってオレンはここぞという時に助けてくれる。
「団長にとって同じ職場の同僚の一人だったとしても、私はあの時助けてもらった分、団長の力になりたいんです」
いつも与えられたばかりだ。
魔眼の時も治すために手を尽くしてくれた。
絵を描くのだって寛容で、出来上がる度に褒めてくれる。
魔眼が治っても、肖像画が描き終わっても、今までの楽しい時間の分、違う形で返していければいい。
ただ想うことだけ許してもらえれば。
そんな綺麗なものじゃなくて、もっとドロドロしたものになっていくと思うけど、全部飲み込んで抱えて過ごせる覚悟ができた。
すとんと落ちた。
「だから今すぐ別の人とお付き合いをしようとは思えません。というか、当分そんな気持ちになれなさそうです」
目の前の騎士は眉を八の字にして笑う。
断り方としてこれでよかったのだろうか。
私なりの気持ちをそのまま言ってみただけで、しかも今この瞬間にオレンへの気持ちの整理までできてしまった。
随分な勝手をしてしまったから誠実な対応とは言えない気がする。
「分かってました。ヘイアストインさんが団長のこと好きだって」
「え、それって」
「勝手ですが、自分の気持ちを伝えたくて。気にしないでくださいね」
「そう、ですか」
「はい。自分には今まで通り接してもらえると助かります」
下手に意識して避けられるのはきついんで、と素直に気持ちを言ってくれる。
私のその気持ちに応えて、今まで通りに接することを約束した。
「ありがとうございます! それじゃ!」
「はい」
* * *
小走りに去っていく。
私は自分からオレンに言えるのだろうか。
断られてもあんな風に笑えるだろうか。
「……無理そう」
苦笑して雑務に戻ろうと思うと、ちょうど洗剤を切らしてしまった。
入荷するのは明後日。
せめて今日の分はどうにかしたい。
「買いに行こう」
経費で落ちるし洗濯物をためて明日大変になるよりはいいだろう。
洗剤を買いに王都に出ることにした。
そして最悪の時間が訪れる。
「おい」
「え?」
呼ばれて振り返るとヨハンネスが不機嫌そうに立っている。
「なんで」
会いたくないのにどうして現れるの。
「え?」
突然何を言い出すかと思ったら婚約の申し出だった。オレンも結構急に「責任とる」って言いだしたのを思い出し、騎士ってみんなこんな感じなのかと思ってしまう。
「ネカルタス王国の方と団長が結婚するなら、ヘイアストインさんはお相手いませんよね?」
「それは噂ですよ」
結局こうしてまだ信じている人がいる。
「お相手いないなら是非自分を選んでほしいです!」
「えっと……」
「ヘイアストインさんは自分なんかにも優しくしてくれましたし」
騎士舎での雑務とか事務仕事での書類提出のお願いとか、騎士全員にしていることが彼にとっては特別なものだったらしい。気持ちは嬉しいけど全部仕事だ。特別に応えられるものじゃない。
それに彼はヨハンナさんやアンナさんからやめとけと言われるほど、色んな女性に声をかけ手を出しているって噂もある。同じ騎士団員からも似たようなことを言われていた。笑顔が爽やかだけど筋肉レベルも大したことないし好みの見た目でもない。
「自分、田舎から出てきて野暮ったいし、爵位もそんな高くないし、団長なんかと比べたら豪華なドレスもプレゼントできないですけど、気持ちは本物です!」
私と同じような境遇だ。
王都に出てきて稼ぐ。低爵位だけど一応貴族で、コンプレックスなのかそこを気にしてしまう。
「騎士としてこれからも頑張ります! 婚約とは言わず、お付き合いからお願いします!」
深々と頭を下げられる。
目の前の彼となら価値観が近く一緒にいても過ごしやすいかもしれない。
住む世界が近いからだ。
けど、どうしてもオレンが離れない。
住む世界は違ってもオレンとの時間はとても穏やかで楽しくて眩しかった。
蕩けるグレーの瞳が頭から離れない。水彩画のような滲む綺麗な眼は私のお気に入りだ。
刷毛で塗ったようなハイライトが輝く髪も好きで。
ああ、やっぱりだめだ。オレンが私の中で大きくなりすぎている。
「……ごめんなさい」
「ヘイアストインさん」
「私、団長が好き、みたいです」
だから他の男性とお付き合いできない。
かなわなくても、オレンとの時間がなくなったとしても、私は彼が好きで当面それは変わらない。
もしかしたらずっと変わらないかもしれないけど、それでもいいと思えた。
結ばれなくても、想うだけなら許されるはず。
「……お試しとかも」
「ごめんなさい」
「そうですか」
やっぱり団長が、と言葉を濁す目の前の騎士に私は無言で頷いた。
オレンが好き。
ずっと持っていた想いだ。他の人と付き合おうと思えないぐらい、私の気持ちは想像以上に重いって今気づいた。
「……私、団長に助けてもらったことがあって。それで騎士団で働こうって思ったんです」
王都に来て間もない頃は王都の食事処で働いていた。
その日は夜、仕込みの食品を抱えて店まで歩いていたら、酔っ払いに絡まれて。うまくかわせなくて、おろおろしていたら巡回中だったのかオレンが間に入ってくれた。
その時の大きな背中は今でもきちんと覚えている。今まで何度も見た。
最近はあの詐欺師との間に入ってくれた時だ。いつだってオレンはここぞという時に助けてくれる。
「団長にとって同じ職場の同僚の一人だったとしても、私はあの時助けてもらった分、団長の力になりたいんです」
いつも与えられたばかりだ。
魔眼の時も治すために手を尽くしてくれた。
絵を描くのだって寛容で、出来上がる度に褒めてくれる。
魔眼が治っても、肖像画が描き終わっても、今までの楽しい時間の分、違う形で返していければいい。
ただ想うことだけ許してもらえれば。
そんな綺麗なものじゃなくて、もっとドロドロしたものになっていくと思うけど、全部飲み込んで抱えて過ごせる覚悟ができた。
すとんと落ちた。
「だから今すぐ別の人とお付き合いをしようとは思えません。というか、当分そんな気持ちになれなさそうです」
目の前の騎士は眉を八の字にして笑う。
断り方としてこれでよかったのだろうか。
私なりの気持ちをそのまま言ってみただけで、しかも今この瞬間にオレンへの気持ちの整理までできてしまった。
随分な勝手をしてしまったから誠実な対応とは言えない気がする。
「分かってました。ヘイアストインさんが団長のこと好きだって」
「え、それって」
「勝手ですが、自分の気持ちを伝えたくて。気にしないでくださいね」
「そう、ですか」
「はい。自分には今まで通り接してもらえると助かります」
下手に意識して避けられるのはきついんで、と素直に気持ちを言ってくれる。
私のその気持ちに応えて、今まで通りに接することを約束した。
「ありがとうございます! それじゃ!」
「はい」
* * *
小走りに去っていく。
私は自分からオレンに言えるのだろうか。
断られてもあんな風に笑えるだろうか。
「……無理そう」
苦笑して雑務に戻ろうと思うと、ちょうど洗剤を切らしてしまった。
入荷するのは明後日。
せめて今日の分はどうにかしたい。
「買いに行こう」
経費で落ちるし洗濯物をためて明日大変になるよりはいいだろう。
洗剤を買いに王都に出ることにした。
そして最悪の時間が訪れる。
「おい」
「え?」
呼ばれて振り返るとヨハンネスが不機嫌そうに立っている。
「なんで」
会いたくないのにどうして現れるの。
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