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21話 パーティーのパートナーになる

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「おめでとうございます」
「ありがとう」

 肖像画に入る前のデッサン中、今は休憩時間のティータイム。
 話題はもちろんオレンが表彰されたことだ。
 ラヤラ領における魔法大国ネカルタスの王女拉致監禁事件の解決に導いた騎士団を代表して団長が表彰される。

「城で表彰式を兼ねたパーティーがあるな」
「みたいですね」
「ミナ、パートナーとして一緒に来てくれないか?」
「……え?」

 公の社交界やパーティーでは相手を連れて来る人が多い。今回の表彰式はパートナー必須ではないけど、ダンスタイムを設けている。今回の功績もあるし、オレンのイケメンぶりからもお近づきになりたい令嬢が誘ってくる図が目に見えた。
 毛先に行くほど明るく、刷毛で塗った絵画のようなバレイヤージュブロンドにグレーの瞳はオレンらしい静謐で真面目な印象を与える。この凛と力のあるグレーの瞳が緩められる瞬間がたまらない。私の平凡な茶色の髪と地味な薄紅藤の瞳とは大違いだ。

「最近両親も気にしていて」
「ああ」

 男性は女性より適齢期の幅が広いとはいえ、オレンも親御さんが心配する年齢なのだろう。
 私より六つ年上だし、騎士団長という立場もあるから、将来のお相手をそろそろということね。

「誘いも多くて困っている」

 令嬢だけの誘いなら断れるものの、令嬢の親が一緒でどうしてもお願いしたいと言われると中々難しくなってくる。かつての上司や世話になった人もいて無下にできないからだ。

「なるほど。虫除けということですね!」
「え?」
「私でよければお手伝いさせてください。あ、でもダンスが……」

 貴族らしい生活とは無縁だったからダンスなんて無理だ。

「問題ない。ダンスは私がリードする」

 格好良い、男前すぎる。

「でも私、基本の姿勢から分からないんです」
「ふむ……なら」

 向かいのオレンが立ち上がり、座っている私に手を差し出した。首を傾げつつ手を乗せると優しく誘導され立ち上がらされる。

「こちらの手はここ、もう片方はここだ」
「ひえ」

 まさかのダンスレッスン! 近い!

「これさえ覚えれば大丈夫だ」
「ひええ」

 視界の暴力! まだ絵を描くからオレンはシャツを羽織っているだけだ。大胸筋が目の前でちらちら見える。
 さ、最っ高うううぅうう!

「あ、」
「おっと、大丈夫か?」

 離れようと動かした足がもつれて立派な大胸筋にダイブしてしまった。
 なにこれ!
 触ったのは後にも先にも押し倒した時だけ。
 眺めるだけじゃ物足りない、なんて思ってたけどまさか触れるなんて! すごい!

「ああああ?!!?」
「ミナ?」
「だ、大胸筋! なんですかこの厚み! バランスのいい腹直筋の美しさ! 最高すぎますううう! ずっと埋まっていたいいいいぃいい!!」
「……」
「はっ!」

 また我を忘れてた。

「すみません、すぐ離れま」
「いやいい」
「す?!」

 ぐいっと引き寄せられて大胸筋に埋もれた。
 今日は私の命日かもしれない。

「? ?! ! ?!!?」
「…………はは」

 幸せに召されそうになりつつも混乱した私を見てオレンが軽く笑った。
 その振動がダイレクトに大胸筋から伝わってくる。
 揺れる筋肉を頬で味わうなんて経験、私だけなんじゃない?
 葬儀は近親者のみでお願いします。

「こうしてれば、ミナの服を破りたい欲求が収まるかもしれない」
「なるほど?」

 なにがなんだか分からない。幸せなことだけは確かだ。

「ダンスに困った時はこうしていても問題ない」
「なるほど?」

 これはダンスレッスンなの?
 幸せを浴びすぎて終わった。


* * *


「って! ドレスない!」

 ぎりぎりまで仕事詰めに詰めてたから当日までドレスのことを忘れてた。
 今からでも間に合う?

「ミナ」

 書類を片して王都へ出ようとする私をオレンが見つけてパッと顔を明るくさせる。

「探していたんだ」
「何か必要な書類が?」

 違うと苦笑された。
 手を取られ用意してあった馬車に乗り込み王城を後にする。
 着いた場所はタウンハウスだ。

「ここは……」
「うちのタウンハウスだな。普段はあまり使わないんだが」

 なんで?
 タウンハウスの扉をくぐったらオレンの家の侍女侍従たちがずらっと並んで待っていた。これは去りづらい。

「ピフラ」

 すっと老齢の侍女が前に出る。

「ミナ、ピフラはタウンハウスの侍女長をしている」
「初めまして、ピフラさん」

 私にも丁寧に挨拶してくれる。いい人。

「ピフラ、頼む」
「はい」

 では後で、と言われオレンと別れる。二階へあがり一つの部屋に入るとキラッキラに囲まれた。

「え?」

 立ち尽くす。さすがオレン。侯爵家らしい重厚で豪勢な部屋だ。

「ヘイアストイン様」
「はひっ」

 ピフラ侍女長は他の侍女を伴って「こちらへ」と奥へ案内してくれた。

「ピフラさん、これからなにを?」

 ピフラが周囲の侍女に目配せすると、得たりと複数の侍女が大小様々な箱を持ってくる。
 その中身もまたキラッキラだった。

「ド、ドレス」
「左様にございます」

 宝石、靴、すべて用意されている。
 か、価格が払えるものじゃない。それだけは私にも分かった。

「こちらをすべてヘイアストイン様に贈ると」
「え……オレンさんが?」
「はい」

 画材代云々を軽く超えてきた!
 驚愕に立ち尽くす私をやんわりと誘導してお風呂へ。
 侍女に磨かれる衝撃よりも、ドレス一式の金額の高さに打ちのめされた私はほぼ放心状態で湯あみを終える。
 そしてそのまま着せ替え人形だ。
 化粧までしてもらった後、自分がやばい総額を身に着けていることを自覚した。

「絶対高い」

 色が入っているけど、この宝石はダイヤモンドで間違いない。細かく散りばめられているのはクンツァイトだ。細工の細かさといい値が張りそう。
 ドレスは落ち着いた白を基調に大人びた形にし、グレーの色合いが入ったダイヤモンドが映えるようにしている。

「ミナ」

 入ってきたオレンは今までの全てが霞むほどのキラッキラ具合だった。
 栄誉授与式なわけだから当然騎士として正装する。それが眩しい。
 そんなオレンは部屋に入って私を見るなり、とろりと瞳を溶かした。
 グレーの瞳に映る私の顔が赤くなる。

「あの! ありがとうございます! これ、」

 お金返しますとは言えない。多くの侯爵家の侍女もいるんだもの。

「すごく、素敵です」
「ミナが気に入ってくれたなら私も嬉しい」

 贈られたドレス一式は本当に衝撃すぎたけど、綺麗だと思ったのは事実だ。だからオレンに応える台詞は決まっている。

「はい、気に入りました」

 眦を下げて微笑む。
 破壊力がすごい。

「では行こう」
「はい」
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