上 下
44 / 79

32話前編 王都へ進軍しようと画策しているとしたら、今一人でここに来ていない(D)

しおりを挟む
 元々、第一王子である兄は僕を目の敵にしている。
 大国ユーバーリーファルングの王位継承に男女差はない。
 大伯父から僕の祖父へ、祖父から父へ王位継承され、今現在は第一王子の兄が最有力、次点は二人の姉が王候補となっている。
 そもそも僕は大伯父から辺境伯を継いだから、王位継承の話から一抜けている。
 けど、兄はそう思っていない。
 悉く僕の命を狙っているのは、そこに理由がある。
 僕が生きている事だけで兄にとっては脅威なのだ。
 僕が辺境伯として優秀であればある程、兄はそれに怯えているような気がした。

「それで、王太子殿下。貴方丸腰で行くんですか」

 馬を飛ばして王都ザーゲに入れば、すんなり王城へ入る事が出来た。挙句、早々に第一王子である兄から呼び出しを受けている。建前は久々の帰還に対する謁見、本音は殺し合いの呼び出しだ。
 親である王と王妃を差し置いて、自分に会えって……昔から傲慢だけど今も変わらないな。

「それは持てないって」

 フィー、フィドゥーチアに小型の銃を渡される。
 それはラウラに出会ってから身に着けなくなったものだ。
 初めてラウラを抱きしめた時、彼女は感触で気づいたのか、隠していたこの銃を見つけて、顔を青褪めた。
 銃は怖いと細い声で主張されて、僕はあっさり拳銃を携帯するのを止めた。
 勿論、今後だって持つ気はない。

「拳銃一つも持たずに応じる等、死にに行くようなものです」

 アン、フェアトラウエンも珍しく心配してくれている。二人して険しい顔して。

「それなら、これを持って行くよ」

 手短なナイフを懐に入れた。気休めにもならないだろうな。
 苦笑して部屋を出ようとすると、二人は当然のようについてきた。

「兄さんは僕一人でって言ってただろ」
「しかし、あちらは一人ではないのは明白です」
「銃を持たないのであれば、我々だけでも」
「いや、いい」

 一人で行かないといけない気がした。二人は不服そうに用意されていた別室に残る。

「やれやれだな」

 呼び出された場所は、旧迎賓館のホールだ。
 古い別館で、まだ現役とはいえ、老朽化を理由に近く取り壊すか、修繕の後、文化遺産として残すかという話が出ていることまでは知っている。
 今はどうだか。
 柱も割と多くて家具の配置が手間というのもあったから死角は多そうだけど、退路は窓と入口だけだし、そこは押さえられているだろうな。

「リーベ」
「兄さん、久しぶり」

 手にはすでに銃を持っている。
 兄さん付の騎士が二人、隠れているのが二十人程。王都の騎士部隊を一つ持ってきた感じか。

「まさか王都に帰ってくるとは思わなかったな」
「兄さん、なんでラウラを撃ったのさ?」

 単刀直入に訊くと、兄は笑う。

「少数民族に配慮する必要はないだろう」
「僕の婚約者だったから?」
「絶滅すべき人種に人権を与える必要はない」

 兄は昔からこういう思考の持ち主だ。
 発展すべきは王都、国を治めるべきは王族、そして王族関係の血筋さえ繁栄すれば他は淘汰の対象。

「ラウラは僕の妻だ。兄さんは辺境伯の妻を撃った。それはあの領地とエルドラード辺境伯への宣戦布告ととっていいって事だね?」
「宣戦布告?」
「ああ」

 笑いが止み、急に顔が強張った兄は次に激高した。

「ふざけるなよ! 宣戦布告はお前がしてきたではないか!」
「してない。いつしたのさ」
「お前が辺境伯を継いだ。父上も母上もあの領地を認めた。お前はそうして力を集めては、この国を侵略しようとしているだろう!」
「していないし、するつもりもない」

 やはり兄の思考は昔のまま偏っている。
 いくら話しても僕がいつか兄のおさまるであろう王位を狙う悪として見ていて、その命すら狙っていると。

「ひいては、有翼人種を率いて王都へ進軍しようと画策しているではないか」
「しないよ。するんだとしたら、今僕は一人でここに来ていない」
「私の油断を引き出そうとしているのだろう? いいか、奴らは歴史上、我々の立場を幾度となく危機に陥れた一族だ。早々に根絶やしにすべきなんだ」
「兄さん」
「やはりあの時、残党を一掃出来ていれば」
「……は?」

 その言葉、聞き捨てならない。兄が何か仕掛けた事は明白だった。まさか、ラウラの両親が亡くなったあの襲撃は。

「やはりお前は邪魔だ。お前を殺して、あの一族も殺す」

 王への反逆罪だと。
 やっぱりだめか。
 僕の諦めと同時に一斉射撃。

「くそ」

 近場の柱に身を隠す。
 銃弾の嵐、まだ兄側、この中の奥側にいるから、柱を使えば避けきれるけど、そのうち包囲されるだろう。
 そうなる前に兄に近づかないと。

「よし」

 死角を通っていって、前方に進めば、一人目を見つける。
 ここまで接近していた事に驚き銃口を向けるけど、その前に急所を叩いて気絶させ銃を奪う。
 その様子に気付いた他の騎士が発砲、それを別の柱に退いてかわす。

「げっ」

 柱の際に黒い粉が巻かれている。
 すぐに走って後方へ戻るも、銃弾の一つがそれに当たって爆発した。

「マジかよ」

 柱が一つ倒れる。
 火薬をうまいこと使ってきたな。
 ギリギリで避けて、その影に隠れる。
 相手から奪った拳銃を眺めて、悩んだ末、その場に置いた。
 使えなかった。

「あーもうどうしよ」

 一人ずつ攻略するには数が多いし、それなりの腕の持ち主だから時間がかかる。
 そうなるとこっちが囲まれる方が早い。
 挙句下手に前方へ進めば、柱に火薬を仕込まれているから、爆発に巻き込まれる危険と、倒壊した柱に潰される可能性も出てくる。

「本気できやがって」

 ふと、頭上で銃声が耳に入った。
 今この中で使われている種とは違う銃器だ。見上げれば、閉じられていた大きな窓が開いている。
 同時、二階にいた騎士が全て撃たれて、階下に落ちるか、その場に倒れた。

「ダーレ」

 僕の名を呼ぶ声に僅かに震える。
 求めてやまない今すぐ聞きたかった声、けどこんな場所にいるはずがないと思考と思考がぶつかった。
 二階バルコニーの窓が一つあいていて、そこから白い羽を持って僕を見下ろしている。

「ラウラ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

決めたのはあなたでしょう?

みおな
恋愛
 ずっと好きだった人がいた。 だけど、その人は私の気持ちに応えてくれなかった。  どれだけ求めても手に入らないなら、とやっと全てを捨てる決心がつきました。  なのに、今さら好きなのは私だと? 捨てたのはあなたでしょう。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...