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17話前編 一緒に畑に行く(L)
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まだ魔法が使え、飛ぶことが出来ていた頃、降り立つ見知らぬ土地でこういった言葉と感情をよく目の当たりにしていた。その度に私は時間を戻してなかったことにしていたけど、今はそれがかなわない。だから今は向かい合うしかなかった。
「アンドレアさん」
「坊ちゃんは黙ってな」
「ラウラの事で黙っているなんて出来ない」
「ダーレ」
前に出ようとしたダーレの服の裾を引っ張って止める。少し声が震えていたかもしれない。それでも目の前のアンドレアさんに罪はない。誰だって自分と違う何かがいきなり現れたら怖いはずだもの。
「いいの」
「ラウラ」
「申し訳ありません。少しばかりこの領地に滞在する事を許し頂ければと思います」
「……」
「ラウラ」
それ以上言葉が続かなくて、彼の横をゆっくり通り過ぎて屋敷があるときいた方向へ進むしかなかった。走り去るのは相手に失礼だし、なるたけいつも通りにしないとと思って、自然に歩くように言い聞かせた。
いつだって時間を戻せるという逃げ道があった。それがなくなったら今度は国から出なければよかった。でも、ここに来た以上、どちらの逃げ道もない。
「ラウラ」
「……」
「ラウラ、大丈夫?」
手をとられて、そこでやっと彼が隣を歩いている事に気付いた。いけない、たくさんの領民が私に好意的で、それだけで恵まれていたのに、たった一言言われただけで目の前が見えなくなってしまう。
「ダーレ、ありがとう」
「ラウラ」
「よくあることよ、気にしてない」
「……嘘つき」
その言葉に苦く笑うことしか出来なかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌日、少しばかり慌ただしくなっていた。
ダーレの屋敷は広く、仕えている侍従も多くいて活気がある。ノッチュ城は最低限の人数と出来ることは自分でやるという方針をとっていたから、この屋敷の様子はとても新鮮。そしてどんなに忙しそうでも私に挨拶を怠る人物はいなかった。その優しさはきっとダーレ譲りなんだろうと思うと、私の心内は温かく染まる。
「ダーレ」
「ああ、ラウラ」
一緒に朝食を食べようと誘った本人がそれどころではないようだったのに、一緒に食事の席に着いた。
「ダーレ、忙しいなら食事は一人でも」
「それは駄目。ラウラと一緒に食べる」
「でも」
「いいんですよ、王女様」
アンがやれやれと言った調子で首を振りながら自身の主人の椅子を引いた。その主人は迷惑そうに眉間に皺を刻んでいる。
「この人、王女様いなかったら、すぐ食事抜きますし」
「え、そうなの」
「フィー言うなよ」
主人の言葉を無視して話は進んだ。
「勿体無いでしょう?」
「食べなければ捨ててしまうの」
「そうです。だから我々一同、食事はするよう念入りに伝えてはいるんですけどね」
「そう……ダーレ、食事はかならず食べましょう」
「…………わかった」
いたく不服そうだった。ドゥファーツではいつもきちんと食事をとっていたのに、領地では全く違うよう。
「ラウラ、昼までには終わらせるから、それまで待ってて?」
「ええ、私の事は気にしないで」
離れる事が余程嫌らしいダーレは、抵抗しつつもフィーとアンにそれぞれ両脇を抱えられて連れていかれてしまった。私は途端手持無沙汰。昼になれば時間をとってくれるとは言ったけど、久しぶりに帰ってきた領主には山ほど仕事があるだろうことが想像に難くない。
折角天気も良かったから庭に出てみる事にした。よく手入れされている綺麗な庭。季節の花々も咲き、草木は適度に刈られ、今日も精霊たちが楽しそうに笑っている。
「てんし様」
「あら、お早う」
敷地境界まで来てしまってたらしい。昨日色々教えてくれた子供達が来ていた。見ない顔の子もいて、私を見てあれがてんし様と言っている。わざわざ時間をとってこちらに来てくれたのかしら。
「てんし様、おひめ様なんでしょ?」
「ええ、そうよ」
それだけで黄色い声が上がった。こそばゆいけど、子供たちの可愛らしさの方が勝って顔が緩む。私がドゥファーツの第三王女だということは、昨日の多くの領民との顔合わせで知られた事だし、隠す事でもない。ただ広い領地には姫だの王だのはいないし、直轄である大国ユーバーリーファルングの王都もそこそこ距離があるから、子供達には縁のない話だったのだろう。それこそ御伽噺のような。
「ねえ、そろそろ戻らないと」
一人が声を上げる。どうしたのかと聞けば、家の手伝いがあるらしい。こちらでも農業や畜産は行っているようだった。
「おひめさまも来る?」
「あらいいの?」
「え、でも畑行ったらきれいな服よごれちゃうよ」
「ああ、これ」
少し考えてから私は子供達に時間を貰って急いで着替えた。
そして一緒に畑に行く事を決めた。
「アンドレアさん」
「坊ちゃんは黙ってな」
「ラウラの事で黙っているなんて出来ない」
「ダーレ」
前に出ようとしたダーレの服の裾を引っ張って止める。少し声が震えていたかもしれない。それでも目の前のアンドレアさんに罪はない。誰だって自分と違う何かがいきなり現れたら怖いはずだもの。
「いいの」
「ラウラ」
「申し訳ありません。少しばかりこの領地に滞在する事を許し頂ければと思います」
「……」
「ラウラ」
それ以上言葉が続かなくて、彼の横をゆっくり通り過ぎて屋敷があるときいた方向へ進むしかなかった。走り去るのは相手に失礼だし、なるたけいつも通りにしないとと思って、自然に歩くように言い聞かせた。
いつだって時間を戻せるという逃げ道があった。それがなくなったら今度は国から出なければよかった。でも、ここに来た以上、どちらの逃げ道もない。
「ラウラ」
「……」
「ラウラ、大丈夫?」
手をとられて、そこでやっと彼が隣を歩いている事に気付いた。いけない、たくさんの領民が私に好意的で、それだけで恵まれていたのに、たった一言言われただけで目の前が見えなくなってしまう。
「ダーレ、ありがとう」
「ラウラ」
「よくあることよ、気にしてない」
「……嘘つき」
その言葉に苦く笑うことしか出来なかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌日、少しばかり慌ただしくなっていた。
ダーレの屋敷は広く、仕えている侍従も多くいて活気がある。ノッチュ城は最低限の人数と出来ることは自分でやるという方針をとっていたから、この屋敷の様子はとても新鮮。そしてどんなに忙しそうでも私に挨拶を怠る人物はいなかった。その優しさはきっとダーレ譲りなんだろうと思うと、私の心内は温かく染まる。
「ダーレ」
「ああ、ラウラ」
一緒に朝食を食べようと誘った本人がそれどころではないようだったのに、一緒に食事の席に着いた。
「ダーレ、忙しいなら食事は一人でも」
「それは駄目。ラウラと一緒に食べる」
「でも」
「いいんですよ、王女様」
アンがやれやれと言った調子で首を振りながら自身の主人の椅子を引いた。その主人は迷惑そうに眉間に皺を刻んでいる。
「この人、王女様いなかったら、すぐ食事抜きますし」
「え、そうなの」
「フィー言うなよ」
主人の言葉を無視して話は進んだ。
「勿体無いでしょう?」
「食べなければ捨ててしまうの」
「そうです。だから我々一同、食事はするよう念入りに伝えてはいるんですけどね」
「そう……ダーレ、食事はかならず食べましょう」
「…………わかった」
いたく不服そうだった。ドゥファーツではいつもきちんと食事をとっていたのに、領地では全く違うよう。
「ラウラ、昼までには終わらせるから、それまで待ってて?」
「ええ、私の事は気にしないで」
離れる事が余程嫌らしいダーレは、抵抗しつつもフィーとアンにそれぞれ両脇を抱えられて連れていかれてしまった。私は途端手持無沙汰。昼になれば時間をとってくれるとは言ったけど、久しぶりに帰ってきた領主には山ほど仕事があるだろうことが想像に難くない。
折角天気も良かったから庭に出てみる事にした。よく手入れされている綺麗な庭。季節の花々も咲き、草木は適度に刈られ、今日も精霊たちが楽しそうに笑っている。
「てんし様」
「あら、お早う」
敷地境界まで来てしまってたらしい。昨日色々教えてくれた子供達が来ていた。見ない顔の子もいて、私を見てあれがてんし様と言っている。わざわざ時間をとってこちらに来てくれたのかしら。
「てんし様、おひめ様なんでしょ?」
「ええ、そうよ」
それだけで黄色い声が上がった。こそばゆいけど、子供たちの可愛らしさの方が勝って顔が緩む。私がドゥファーツの第三王女だということは、昨日の多くの領民との顔合わせで知られた事だし、隠す事でもない。ただ広い領地には姫だの王だのはいないし、直轄である大国ユーバーリーファルングの王都もそこそこ距離があるから、子供達には縁のない話だったのだろう。それこそ御伽噺のような。
「ねえ、そろそろ戻らないと」
一人が声を上げる。どうしたのかと聞けば、家の手伝いがあるらしい。こちらでも農業や畜産は行っているようだった。
「おひめさまも来る?」
「あらいいの?」
「え、でも畑行ったらきれいな服よごれちゃうよ」
「ああ、これ」
少し考えてから私は子供達に時間を貰って急いで着替えた。
そして一緒に畑に行く事を決めた。
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