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35話 おいたする

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 デビュタントの件はよくないと思っている。第一皇子に継承権を放棄させるとか目立つに決まっていた。
 おかげさまで学院でも注目の的だ。遠巻きにひそひそされるのも、あからさまに声をかけられるのも、小説のフィクタなら欲求が満たされていいのかもしれない。今の私は勘弁してほしい。

「マーロン侯爵様、少しお時間頂いても?」
「……こ、」
「いっておいで」

 ここにいるからと言って二人きりにしてあげる。だって告白の現場に私はいらないでしょ。エールは私を近くに置くことを重要視しているから、この場でどうぞ言ってください的なことを令嬢に言ってくる。最初の頃は驚いたものよ。

「私とお付き合いをして頂けますか?」
「婚約者がおりますので」
「解消して私と」
「それはありません。遊びでもフィクタ以外と関係を持つ気もありません」

 まあ覗くけどね!
 可愛いご令嬢が頬を染めて告白する。割とエールの元に来るのは私との婚約解消の上でのお付き合いを求める真面目派、ガチ勢が多い。
 帝国皇帝公認でもこういうことが起こるから恋や愛というのは不思議だ。

「フィクタ、出てきていいですよ」
「ばれてる~」

 いつも同じことしてるので当然ばれている。失恋に心痛めた女の子が去ってから呼んでくれるから、エールなりに彼女たちに気を使ってはいるのよね。

「本当告白増えたね」
「一時的なものです。すぐにおさまりますよ」
「それはそれで残念」
「……何も思う所はありませんか?」
「可愛い女の子の告白現場は癒される」

 一つ溜息を吐かれた。少し不機嫌かな。

「いきましょう」

 挙句呆れている。そのまま気にせず、いつも通り図書館に向かって勉強だ。
 十六歳、そろそろ卒業に向けて忙しくなる。

「卒業論文とか免除されるのはいいけどねえ」

 国家連合設立、国際平和騎士団の創設、国際法の再編成と存外課題は残ったままだ。国際法はもう少し洗練させたい。レースノワレ王国の軍縮からやっと軍事放棄へ進もうとしているから、合わせて国際平和騎士団の先駆け的なものを用意しておくのも手だ。
 帝国が戦争をしなくなっても、どこかしこで小さな争いは存在する。戦争をなくしたいのになくならない。嫌な矛盾ね。

「ねえ、エール」
「はい」
「エールは私のこと好きよね?」
「ええ」

 本当淀みないわね。当たり前のように応えてくれる。まあそれを期待した上での問いかけなんだけど。

「私が正気を失ったら殺してくれる?」
「え?」

 お、これには驚きの反応を示した。
 眦を上げて、探るような瞳を送ってくる。

「目先の欲に溺れたら、エールの剣でぶしゃっとやってほしいなって」
「いきなり何を言い出すんです」
「いつどうなるか分からないから言ってるのよ」

 小説でのフィクタは欲に溺れて自分を見失って滅んだ。経緯と結末を知っている私だって、どこで正気を失うかは分からない。今を保っていられる保証もないんだから。
 でも収容所は嫌だ。あんな惨めな思いをしながら死ぬぐらいなら、誰かにスパッとやってもらう方がすぐに終わっていいと思う。収容所死亡フラグの回収だけはダメ、ゼッタイ。

「それは出来ません」
「なによ。私のこと好きなくせに」
「私はフラルを守りたいのであって、貴方の行動を止めたいのではないのですよ」
「えー」
「私はフラルの側にいて、一緒に幸せになる。そこにどちらかの殺害は含まれていません」

 フィクタは放っておくと大変なことになるかもしれない存在だよ。
 私が死亡フラグから逃れたいと思っている内はいいけど、どこかでその懸念が取り払われたら……安心安全が手に入り、その時に目の前に小説と同じ権力や財力があったら迷わず使ってしまいそうだ。
 だから抑止力がほしいのに。物理的に止めてくれればいいのに。

「はあ……ちょっと寝るわ」
「いきなりどうして」
「ちょっとシリアスに悩んだから疲れたのよ。寝る」
「図書館は居眠り禁止ですよ」

 部屋に戻って寝て下さいとエールが困った声を落としてくる。

「いいよ。なんなら先帰ってて」
「それは嫌です」

 見送るまでがエールの仕事だものね。二十四時間監視体制とか、セキュリティ会社も真っ青よ。

「異性の目の前で寝るというのは些か危機意識が希薄なのでは?」
「エールがそんなおいたするわけないじゃない」
「……それはまた微妙な回答ですね」

 信頼されているのか、意識されなさ過ぎているのか分からない。だから複雑だと訴える。
 無視して目を閉じると「こら」と怒られた。

「フラル」

 少し間があった後、私が目を開けないのを理解して溜息を吐く。その後、優しく髪を撫でてきた。
 危機感がないのはよくないよと言う割に随分優しい。それでも小言は続いていた。

「ほら、こんな風に触り放題になりますよ」
「別にいいよ」

 ここにいるのエールだけだし。

「……いいんですか? 触りますよ」

 もう触ってるじゃん、というツッコミはいらないようだ。
 私の髪に指を絡ませてなにかしてるわね。指先でくるくる弄んでるぐらいかしら。
 少し動く気配がした。

「フラル」

 頬を撫でた後、反対の頬に変わった感触。
 すぐに離れていく。
 目を開けるとエールが覗き込んでいた。

「思い切ったね?」
「それでもフラルが動揺していないので残念です」

 苦笑して隣に座り直し分厚い本を手に読書を再開したエールの耳だけが雄弁に語っていた。

「……」
「フラル?」
「ん、仕方ないから勉強するわ」
「ええ、そうして下さい」

 エールってば耳、真っ赤よ。
 という言葉はさすがに言うのを控えた。
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