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1章 推しがデレを見せるまで。もしくは、推しが生きようと思えるまで。

15話 酔っ払い=父

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翌日。

「エステル、きいてもいい?」
「講義に支障ない程度であれば」

講義中に堂々と話しかけてもエステルは決して拒まない。
というよりも、私がこの時しかきけないということをわかっているようだ。
オリアーナのいない校内にいる時間、ここしかない。

「オリアーナのとこの事業が7年前くらいに1度大きく傾いてるんだけど知ってる?」
「詳しくは知らないわ。本当風の噂程度にしか…サルヴァトーレの方が詳しいかも」
「そっか」

講義終わりになって中庭に出るまでにトットに話を振ると、彼女の言う通り彼の方が詳しかった。

「あぁ、それはこちらでも把握している。海賊がその一帯を占拠し、不当な関税を強いた話だな」
「それで?」
「その海賊が占拠した海上を流通ルートにしていたのが、ガラッシア公爵家の国外貿易ルートだ」
「なんで海賊がそんなタイミングで出てくるの?」
「海賊を捕らえた時、船長は“関税を通常の3倍でとれる”という話を聞いたそうだ」

俗に言う、うまい話か。
それにしても誰がそんな話を…それまでは当たり障りのないどこにでもある流通ルートだったというのに。

「こちらでも調べ直しておこう」
「ありがとう」

オリアーナを連れて帰宅すると、相変わらずアンナさんが待っていた。
けど今日は少し様子が違った。

「お嬢様!」
「どうしたの、かしら?」
「道中すれ違いませんでしたか?」
「え?」

曰く、ディエゴが来ていたらしい。
しかも家の門を叩くわけでもなく、敷地内に入って来るでもなく、門構え前を少しうろうろして去っていったとか。
ここまで来たのに勿体無い…ツンデレ頑張れもう少しだ。

「…いつかきちんと扉叩くと思うので、その時は迎えて下さい」
「畏まりました」

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

さて帰ってからはお仕事の時間。
アンナさんに扉を開けてもらって私は自室へ急ぎ着替えて階下に戻る。
今日から帳簿確認が待っているのだから。

「ここの雑費の内訳を知りたいんで資料をお願いできますか?」
「はい」
「この交際費、ここだけ突出してるのでここも資料お願いします」
「畏まりました」

久しぶりに決算してるみたいで軽くナチュラルハイというやつだ。
存外楽しい。
希望したコーヒーもついてきて非常に捗る。
それもこれもオリアーナがきちんと管理していたからこそだ。

「それでこの月の未払金についてなんですけど、」
「騒がしい!」

突然部屋の中にあった扉が盛大な音を立てて開け放たれた。
勢い良すぎて壁にぶつかって音を立てるまではよしとしても…そうか、資料室じゃなくて奥に部屋が続いていたのか。

「なんだ、偉そうに執務机を陣取って」
「…はい?」

オリアーナに目線を向けると心なしか身体をかたくさせ緊張している。
メイド長も執事長も動かずそのまま。
入ってきていきなり、なんだこの男。
顔は赤く、目線の焦点があっていない。
ふらつきながらこちらに近づいてきてわかった…この酒臭さ、酔っ払いか。

「ふん…どうせ失敗し、この家を傾かせるのだろう?迷惑だ!」
「………」

空いてる手で酒瓶を持った手をばりばり掻きながら、イライラした様子で目の前に立ってくる。
仕様がないので立ち上がると、より酒臭さが増した。
相当飲んでいるな。
目を細めたり瞑ったり、霞むのか目を擦ってもいるが、それが解消されなくて余計腹を立てていた。

「いい気になりおって!」
「何用でしょうか」
「なんだ、その態度は!」
「用があるなら簡潔にお答え下さい」
「お嬢様…!」

隣で慌てる2人に対し、私の傍に座っていたオリアーナは動かない。
話しかけてもくれないとさすがに対応が酔っ払い相手になるから、できれば彼が誰かだけでも応えてほしかった。

「煩いんだ!耳に障る!」
「では静かに作業するよう心掛けます」
「なんだと、そもそ」
「他に御用件は?」
「な、なん」
「御用件がないようでしたら、本日はお引き取り願います」
「…ふん!」

何を納得したのか、彼は扉の奥へ戻っていった。
逆上するかなとも思ったら、存外すんなり引いてくれて助かる。
男が消えた途端、ひそやかな声量で両側から心配された。

「お嬢様、御無事ですか?」
「何もされてないので…問題はありませんよ」
「良かった…」

そこまでほっとする程なにかされたわけでもないのに…見下ろせばオリアーナはまだかたまっている。
頭を撫でるとびくりと体を揺らして、こちらを見上げた。
オリアーナをこんなにするなんて…不届き者め。

「今日はこれで終わりにします」
「ええ、その方が良いでしょう」
「就寝前に部屋にカモミールを用意してもらえますか?」
「畏まりました、侍女に伝えます」
「ありがとうございます」

食事をとって温泉に入って自室に戻ればすぐに、アンナさんがばっちりカモミールを用意してやってくる。
2人きりになったのを見計らって、それをオリアーナに差し出すと彼女は驚いたように、どうしたのか聞いてきた。

「カモミールとラベンダーあたりは犬も大丈夫」

量はもちろん適切に。

「しかし…」

私のカップから飲むのが気が引けるらしい。
駄目な人は難しいだろうけど、きけば私の事を気にしてるだけだった。
私はそういうの気にしないけど、折角気を遣ってもらったのでカップソーサーに少量入れて渡した。
少しはこれでリラックスできるだろう。

「で…なにあれ」

話したくないことかもしれないけど確かめないといけない。
私は慎重にオリアーナの返事を待った。
彼女は些か気まずそうにして、伏し目がちに小さく答えた。

「…父です」
「うん?」

わかってはいた。
この家にいるあの年齢の男性でメイド長や老執事が何も言い返せなく、いいものを着ていいお酒の瓶片手にできる人物なんて限りがある。
それでも敢えてつっこみたい。

「アル中のお父さんて」
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