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2章 本編
59話 女装夫と男装妻、酔っ払いと再会する
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ウェズの兄の屋敷を出る頃、雲行きが怪しくなってきていた。
「天気が崩れる前に急いで帰ろう」
「……はい」
そこから先のことをウツィアはよく覚えていない。
ウェズと馬車に乗って屋敷に戻る間、いつも通り会話をした記憶はあったけれど、あまり耳に残らなかった。
しいて言うならウェズが兄と和解できたことに感謝されたことぐらいだろうか。
ウツィアには未だ子を望まないウェズの言葉がひどく突き刺さったままだった。
「少し、お時間よろしいですか」
夜、ウツィアの訪問をウェズは受け入れた。長い移動に疲れているのではと言ってもウツィアは首を横に振るばかり。
ソファに座りお茶を飲んでも、どこかいつも通りではなく、ウェズは違和感に首を傾げた。
「どうした?」
「ウェズ……仮面をとってくれませんか」
冗談ではなく真剣に言っているのは瞳の輝きで分かった。ウツィアが真剣にウェズに向かい合っているのは彼自身もしっかりと感じる。
「……すまない」
それでも怪我のある部分を晒すことはウツィアに拒絶されるのが怖くてできなかった。
「何故ですか」
「ひどい怪我で、女性は大概倒れる」
「大丈夫です。それに怪我を負ってから随分経ちます」
「駄目だ。君を怖がらせたくない」
ウツィアの顔が青褪めて倒れる姿を見たくなかった。いつだってウツィアがウェズを受け入れてくれるのは分かっていても、そうなるかもしれない未来が怖くてウェズはどうしても首を縦に振れない。
「怖くありません。ウェズだもの。どんな姿でも私平気です」
「駄目だ」
私のウェズを想う気持ちは怪我があるかないかで決まるものじゃないとウツィアは強く訴えた。それでもウェズの首が縦に動くことはない。
ウツィアは泣きそうになるも、ぐっとこらえて先を続けた。感情的になっても意味がない。
「子供だって、欲しくないって」
「私との子がいたところで、ウツィアを縛り傷つけるだけだ」
「ウェズだから……ウェズとの子が欲しいって言っても?」
「……応えられない」
やっぱりだめなのとウツィアは囁いた。
ウェズの耳には届かず、失意のままウツィアはウェズの部屋を出ていく。ウェズは引き留めることも追いかけることもしなかった。
静かに雨が降り始め、ウツィアは久しぶりに一人部屋で涙を流した。
* * *
雨上がりの雲が重たく広がる翌日、女装したウェズは店でウツィアの様子を窺っていた。
朝の乗馬練習も来ず、朝食も別。昨日のウツィアの真剣なまなざしをウェズは思い出す。
案の定、男装ウツィアに領主とのことを話しても不機嫌になるだけだった。
「ちょっと今回のは許せそうにないです」
「しかし」
「なにか理由があって私を気遣っているのは分かっています。でもその理由は言わないし、好き合っているのに拒否されるこっちの身にもなってください」
いきなり本題はよくないと思って仮面の話から入っても、そちらですら拒否される。
夫婦としてうまくいっていると思っていたのはウツィアだけだったのではと思えるぐらいに昨日ウツィアは思い知らされた。
八つ当たりも甚だしいのは分かっていたし、小さい頃から感情的にならないよう言われてきたけれど、推しの優しさを目の前にするとどうしても甘えて感情的になってしまう。八つ当たりなんてせず、全部話してしまおうかと思った時だった。
「すいませ、ここに領主夫妻がいるって聞いたんですけど」
二人きりの店に新しい客が来た。
けれどその言葉に二人して驚く。領主夫妻? どこでそんな情報が?
「あ」
「!」
「え?」
男装ウツィアと女装ウェズだけが気づいた。
店の扉を開けたのは、先日王城の庭でウツィアに吐き気止めをもらった酔っ払いだ。
元酔っ払いは店には入らず、扉を開けたところで戸惑っていた。中には領主夫妻はいないし、店の人間は応えることもない。
もう一回聞いてみるかと口を開いた瞬間、途轍もない殺気が側から放たれ何も言えなくなった。
「ウェズ?!」
男装ウツィアも急な戦闘態勢になった女装ウェズに驚く。押し入り強盗でもないのに、どうしてここでこんな殺気を?
「天気が崩れる前に急いで帰ろう」
「……はい」
そこから先のことをウツィアはよく覚えていない。
ウェズと馬車に乗って屋敷に戻る間、いつも通り会話をした記憶はあったけれど、あまり耳に残らなかった。
しいて言うならウェズが兄と和解できたことに感謝されたことぐらいだろうか。
ウツィアには未だ子を望まないウェズの言葉がひどく突き刺さったままだった。
「少し、お時間よろしいですか」
夜、ウツィアの訪問をウェズは受け入れた。長い移動に疲れているのではと言ってもウツィアは首を横に振るばかり。
ソファに座りお茶を飲んでも、どこかいつも通りではなく、ウェズは違和感に首を傾げた。
「どうした?」
「ウェズ……仮面をとってくれませんか」
冗談ではなく真剣に言っているのは瞳の輝きで分かった。ウツィアが真剣にウェズに向かい合っているのは彼自身もしっかりと感じる。
「……すまない」
それでも怪我のある部分を晒すことはウツィアに拒絶されるのが怖くてできなかった。
「何故ですか」
「ひどい怪我で、女性は大概倒れる」
「大丈夫です。それに怪我を負ってから随分経ちます」
「駄目だ。君を怖がらせたくない」
ウツィアの顔が青褪めて倒れる姿を見たくなかった。いつだってウツィアがウェズを受け入れてくれるのは分かっていても、そうなるかもしれない未来が怖くてウェズはどうしても首を縦に振れない。
「怖くありません。ウェズだもの。どんな姿でも私平気です」
「駄目だ」
私のウェズを想う気持ちは怪我があるかないかで決まるものじゃないとウツィアは強く訴えた。それでもウェズの首が縦に動くことはない。
ウツィアは泣きそうになるも、ぐっとこらえて先を続けた。感情的になっても意味がない。
「子供だって、欲しくないって」
「私との子がいたところで、ウツィアを縛り傷つけるだけだ」
「ウェズだから……ウェズとの子が欲しいって言っても?」
「……応えられない」
やっぱりだめなのとウツィアは囁いた。
ウェズの耳には届かず、失意のままウツィアはウェズの部屋を出ていく。ウェズは引き留めることも追いかけることもしなかった。
静かに雨が降り始め、ウツィアは久しぶりに一人部屋で涙を流した。
* * *
雨上がりの雲が重たく広がる翌日、女装したウェズは店でウツィアの様子を窺っていた。
朝の乗馬練習も来ず、朝食も別。昨日のウツィアの真剣なまなざしをウェズは思い出す。
案の定、男装ウツィアに領主とのことを話しても不機嫌になるだけだった。
「ちょっと今回のは許せそうにないです」
「しかし」
「なにか理由があって私を気遣っているのは分かっています。でもその理由は言わないし、好き合っているのに拒否されるこっちの身にもなってください」
いきなり本題はよくないと思って仮面の話から入っても、そちらですら拒否される。
夫婦としてうまくいっていると思っていたのはウツィアだけだったのではと思えるぐらいに昨日ウツィアは思い知らされた。
八つ当たりも甚だしいのは分かっていたし、小さい頃から感情的にならないよう言われてきたけれど、推しの優しさを目の前にするとどうしても甘えて感情的になってしまう。八つ当たりなんてせず、全部話してしまおうかと思った時だった。
「すいませ、ここに領主夫妻がいるって聞いたんですけど」
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けれどその言葉に二人して驚く。領主夫妻? どこでそんな情報が?
「あ」
「!」
「え?」
男装ウツィアと女装ウェズだけが気づいた。
店の扉を開けたのは、先日王城の庭でウツィアに吐き気止めをもらった酔っ払いだ。
元酔っ払いは店には入らず、扉を開けたところで戸惑っていた。中には領主夫妻はいないし、店の人間は応えることもない。
もう一回聞いてみるかと口を開いた瞬間、途轍もない殺気が側から放たれ何も言えなくなった。
「ウェズ?!」
男装ウツィアも急な戦闘態勢になった女装ウェズに驚く。押し入り強盗でもないのに、どうしてここでこんな殺気を?
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