上 下
41 / 66
2章 本編

41話 男装妻、さらに勘違いが進む

しおりを挟む
「というわけで二週間お店しめます」
「そうか」

 建国祭にかかる二週間、ウツィアはウェズの誘いに乗り王都へ行く。当然その間は店を開けられないから臨時休業となるけれど、この時期は店を開けない所も多い。

「護衛でついてきてくれないんですか?」
「私は行かない」

 夫として一緒に行くのだから、女装して行けるわけがなかった。

「そうですか」

 残念ですと続けて言う男装ウツィアの表情が曇る。

「行きたくないのか」
「いいえ! そうじゃなくて……そのちょっと不安で」
「不安?」
「夫と社交界が初めてなんです。夫と仲良くなってきたかなーとは思うんですけど、夫婦感あるのかなあとか……そもそも好きあってるのかなあとか」

 建国祭だから王族が主役だろう。けれど見えないところで貴族たちの戦いはきちんとある。地位、利権、色んなものが絡み、みる能力を閉じてなかった時は人の感情に酔ってしまい長居ができなかった。今回はそういった煩わしさはないものの、夫婦としてうまくやれるか心配になる。

「領主は君のことを大事に思っている」
(めちゃくちゃ好き)
「夫が騎士団でそんな話してそうもないんですけど」

 慰めてくれているのだと思った。嘘であっても嬉しいけれど、この日のウツィアは少しへそを曲げている。

「あまり口にはしない人だろうけど、君を大切に想っていることは知ってる」
(好き)
「う……まあウェズがそこまで言うなら信じます」
(推しってば格好可愛よ)

 微笑む姿のギャップにいつも通りやられながらもウツィアはふと思ったことを口にした。

「私、最近鍛練場に見学に行くんですけど、ウェズとは会わないですね」
「ぎくっ」
「ぎく?」

 効果音を口にしてしまう程、女装ウェズは焦った。

「女性騎士はいくらか見ましたけど、ウェズいないなって」
「私は夕方、別の仕事が入ってることが多い、から」
「そうなんですか……男装してない姿でも会えたらって思ってて」
「い、いつか会える」
「そうですね。楽しみにしてます」

 本当のような嘘で言い訳したウェズは後ろめたさを感じつつも、男装ウツィアの優しさに内心好きを連発していた。

(あれ、私夕方に見に行ってるって言ったっけ……鍛練の時間が基本夕方なのかな?)

 新しいお茶を淹れてウェズの前に置くと、女装ウェズはいつもより前のめりになって訊いてきた。

「それで、君は領主と社交界に行きたくないのか?」
「そういうわけじゃありません。誘われてすっごく嬉しかったです」
「何が不安なんだ?」

 解消できることは今の内にどうにかしておこうと思いつつ女装ウェズはウツィアに探りをいれる。

「全然夫婦らしいことしてないのに、夫婦として並べるかって話で」
「夫婦らしい?」
「その……キスとか、しないし」
「きす?」
「口付けです」

 勿論ここにです、とウツィアは人差し指でウェズの唇に触れた。あざといと思いつつも、いつも通りぎゅんと心臓を掴まれる思いをする。

「くちづけ」
「あと、その……誰にも言わないで下さいね……私、夫と初夜を迎えてないんです」

 知ってる。
 幾度となく断っているから。最近はきいてこないから気にしていないと思っていたけれど、そうではなかったらしい。

「最近は前より夫婦として仲深めてるかなとは思ってるんですけど、やっぱり触れてもらえないって考えちゃうじゃないですか」
「何を」
「妻として認めてもらえないのかなって」
「そんなこと」
「触れたいって思ってもらえないのかなって」
「そんなこと」
「魅力ないのかなあって」
「そんなことない!」
(めちゃくちゃ好き!)

 勢いよく立ち上がったウェズに今度はウツィアが驚く番だった。

「君のことを想って触れてないだけで! 本当はすごく想ってる!」
(むしろ魅力ありすぎて困ってる!)

 こんなにも魅力的なのにそんな風に思ってほしくない。そう思わせたのは紛れもなくウェズだけれど、今はそれどころじゃなかった。夫・ウェズブラネイとしてなのか、女装・ウェズヴァチとしてなのかも曖昧なまま続ける。

「く、口付けなんてしたら……したら止まらなくなるだろう!」
「え、ええ?」

 戸惑う男装ウツィアを見て、女装ウェズに冷静さが戻ってきた。

(まずい!)

 すっと姿勢よく座り、お茶を一口飲む。どう言い訳をすべきなのか、必死に頭を回すがどうにもいい塩梅が見いだせない。

「ウェズって夫のこと、すごく分かってますよね……私よりもずっと詳しくて。そういう気持ちを夫は話しているんでしょう? 直接私に言ってくれればいいのに」

 よし、うまい具合に勘違いしてくれた。
 ウェズは内心ガッツポーズだ。

「私って信用ないんでしょうか」
「そんなことない!」
(好き)

 勘違いしてくれるのは有難かったけれど、きちんと好意があることは伝えておきたかった。

「大事すぎて対応に困ってるだけで!」
「……やっぱりウェズの好きな人って夫なんですか」
「それは違う」

 同一人物なので。

「私が妻だからって遠慮しないで本当の気持ちを言って下さい」
「違う! 私が好きなのは君で」
(あ!)

 夫としての気持ちを伝えかけて口元を手で覆う。伝えかけて、どころか、ばっちり言ってしまった。
 当然、目の前の愛しい人は驚きに目を開いて固まっている。

「わ、私?」
「あ、違、いや違わないんだが、その」
(好きだけど)

 どうフォローしたらいいか分からずより墓穴を掘った。
 するとウツィアが再び盛大な勘違いをする。

「あ! もしかして男装してる私が好きってことですか?」

 思い起こせば。ウツィアは思い当たることをウェズに話した。

 店に毎日通う程。
 最初の塩対応も緊張していたのでは?
 カーテン直しを手伝ってくれたし、領地回りも付き合ってくれる。
 ヤクブとシモンに服を斬られた時、一番に助けてくれた。
 慣れるとデレが過剰。

「しお? でれ?」
「男性だと勘違いしていたら、あり得る話ですよね」
「……」
(なんて言えばいいのだろうか)

 言葉に悩むウェズを見て、応えづらいのだと思ったウツィアは自身が女性と知られて以降も変わらず付き合ってくれた優しさに気づき、推し尊いとぎゅんと心臓を鷲掴みにされていた。

「そうなると、私が女性でウェズの主人の妻と知れた時、実は失恋していたんですね」
「……」
(どう言えばいいのか)
「そうとは知らずいつも通りですみません……もっとウェズの気持ちを配慮すべきでした」
「いや、いつも通りでいい」
「や、優しい! 一生推します!」
(失恋しても格好いいとか! ウェズしか勝たん……尊い)

 推しの尊さに感動し愛が深まる一方、女装していることを隠すのも限界なのではとウェズは本気で悩み始める。
 男装してようがしてまいが、ウェズにとって好きな人はウツィアで揺るがない。その気持ちがバレたのに変な方へずれて着地した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...