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2章 本編
37話 女装も男装もせず、ウツィアの店に行く
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ウェズとの時間が増えたのでウツィアの店は縮小気味の運営になった。お休みの日も新たに増やしたり、閉店を早めに切り上げてみたり。特段支障なく運営できているし、夫との交流を増やすことで離縁のリスクを減らせるとウツィアは浮かれていた。
そんな冬真っ只中のある日の朝食。
「ウツィアがよく行く店なんだが」
その言葉にこれでもかと目が開く。動揺しているのが明らかだったけれど、視線を下げがちな夫は気づかない。
(ひええ、それってもしかして……)
違う意味でドキドキとしていたウツィアにトドメの一言が放たれる。
「……私も行ってみたい」
「……」
(ナンテコッタイ)
心の声ですらカタコトになるレベルでピンチが訪れた。
けれど当然のこととも言える。男装したウツィアの店は最近できた店で、一度も領主が訪れたことがない。頻繁に領地の様子を確認している夫が半年以上も現地確認していない店なのだから、この日が来るとは思っていた。
「ウツィアも一緒に」
「え、っと?」
なぜ一人ではなく、同伴を望むのだろう。
ウツィアは血を吐きながら遠い目をする勢いだった。
まあ大方入りづらいところを妻の紹介でとか理由つけて入りたいだけだろうけど、それにしては酷な展開だ。
「あ、夫婦で領地見学を、ということですか?」
なにも自分の店だけではなく、ただ単純に夫婦で領地を回りたかったという意味なのではと閃いた。妻がよく行く店から入って、そこから話を発展させるつもりだった?
「ああ、そうだな」
(他は別にどうでもいいけど)
「一日かかりそうですね」
数日はかかりそうな気もするけれど。
「では君の行きつけの店に一緒に行っても?」
「は、はい」
そこは譲らないんだとやや絶望を味わいつつも、誤魔化す手段を考えることにした。自分の店に来る以外の領地回りは夫婦として必要だし、妻として認めてもらえている気がする。自分の店に来るのは試練だけれど、これはウツィアにとってチャンスだった。
* * *
その日の夕方、妻が騎士の鍛練の見学に来る前に側近のカツペルに報告すると、笑顔のまま固まり大きく首を傾げ、その後に盛大な溜息を吐かれた。盗み聞きしていたヤクブとシモンまで引いた表情を見せる。
「主、何してんすか?」
「俺も意味が分からないんすけど」
「それ奥様を試しているってことすか?」
「そういうつもりではなくて」
どういうつもりだよ、と領主に対してよくない言葉遣いでツッコまれる。カツペルの言うことはもっともだと残り二人が深く頷いた。
あの場所は互いに女装と男装でしか会わない。夫婦としてあの店に行きたかっただけで、妻をいじめるつもりもないと伝えてもいまいち響かなかった。
「だってこれ、奥様どうやっても正体ばらすやつじゃん」
「その方がいいのですが、奥様の事、なんとか誤魔化しきるはずです」
「面倒なことなってね?」
「どう見たって旦那様、逢引に浮かれてるだけだし」
「……恋愛については無知なんです」
「それ以前の問題だよ。今回は仕事であって逢引じゃないだろ」
三人の会話は聞かなかったことにした。夫婦として領地を回る。楽しみで仕方ないのは事実だった。
* * *
一週間後、ついにその日がやって来た。
(マヤ、頼んだわよ!)
店は貸し切りの札を下げてウツィアとウェズだけを迎え入れる姿勢をとった。
対応はウツィアの専属侍女のマヤがウツィアがする男装をして対面する。
「君はウツィアの専属侍女では?」
「!」
秒でバレた。
どちらにしろマヤの親族が関係しているから言い訳は立つ。
ウツィアは何かを言いかけたウェズを腕を引いて制しテーブル席に座らせた。
ウェズとしても隣にウツィアがいるのだから男装したウツィアが迎えてくれないことは分かってはいるものの、いつものカウンターに男装したウツィアがいないのが腑に落ちない。
「薬も化粧品も基本は受注で、化粧品だけは棚にあれば売っています」
「そうか」
「こちらが薬草茶です」
「ああ」
この日の為に淹れ方もマヤに教え込んだから完璧だ。
けれど常連のウェズには納得いくものではない。
(ウツィアが淹れるのが一番美味しい)
何も言わないウェズにウツィアは目線だけで「いけそう!」と合図を送った。
あらかじめ用意していた軽食やお菓子で時間を潰し、念の為最後に占いの話を持ち出す。許可を得る時の書類にも事業として記載があったからだ。
「ここではある程度通えば占いもしてもらえますよ」
領主様だから特別にみてくれそうですけど、どうしますかというウツィアの言葉にウェズは乗った。当然事業内容を把握したいなら乗るだろうと思っていたウツィアはマヤに夫を案内させる。
その間にカウンターを通り控室へ入って急いでローブを被った。占い部屋へ入ると夫が出ようとしているものだから急いで一人でしか入れない旨を伝えて引止めると、ウェズは占い部屋へ戻って来る。
「ふう……どうぞおかけください」
「ああ……過去や思考をみられたくないので手は出せないが、いいか?」
「え?」
つい先手を打ってウェズはハッとした。みるみえないの話を自分が知っているなんて妻からしたらおかしいと思われる。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「ああ」
(良かった。バレてない)
噂でも聞いたのかなと思いながら、基本的なところからやっていこうとウツィアはカードを出した。
そんな冬真っ只中のある日の朝食。
「ウツィアがよく行く店なんだが」
その言葉にこれでもかと目が開く。動揺しているのが明らかだったけれど、視線を下げがちな夫は気づかない。
(ひええ、それってもしかして……)
違う意味でドキドキとしていたウツィアにトドメの一言が放たれる。
「……私も行ってみたい」
「……」
(ナンテコッタイ)
心の声ですらカタコトになるレベルでピンチが訪れた。
けれど当然のこととも言える。男装したウツィアの店は最近できた店で、一度も領主が訪れたことがない。頻繁に領地の様子を確認している夫が半年以上も現地確認していない店なのだから、この日が来るとは思っていた。
「ウツィアも一緒に」
「え、っと?」
なぜ一人ではなく、同伴を望むのだろう。
ウツィアは血を吐きながら遠い目をする勢いだった。
まあ大方入りづらいところを妻の紹介でとか理由つけて入りたいだけだろうけど、それにしては酷な展開だ。
「あ、夫婦で領地見学を、ということですか?」
なにも自分の店だけではなく、ただ単純に夫婦で領地を回りたかったという意味なのではと閃いた。妻がよく行く店から入って、そこから話を発展させるつもりだった?
「ああ、そうだな」
(他は別にどうでもいいけど)
「一日かかりそうですね」
数日はかかりそうな気もするけれど。
「では君の行きつけの店に一緒に行っても?」
「は、はい」
そこは譲らないんだとやや絶望を味わいつつも、誤魔化す手段を考えることにした。自分の店に来る以外の領地回りは夫婦として必要だし、妻として認めてもらえている気がする。自分の店に来るのは試練だけれど、これはウツィアにとってチャンスだった。
* * *
その日の夕方、妻が騎士の鍛練の見学に来る前に側近のカツペルに報告すると、笑顔のまま固まり大きく首を傾げ、その後に盛大な溜息を吐かれた。盗み聞きしていたヤクブとシモンまで引いた表情を見せる。
「主、何してんすか?」
「俺も意味が分からないんすけど」
「それ奥様を試しているってことすか?」
「そういうつもりではなくて」
どういうつもりだよ、と領主に対してよくない言葉遣いでツッコまれる。カツペルの言うことはもっともだと残り二人が深く頷いた。
あの場所は互いに女装と男装でしか会わない。夫婦としてあの店に行きたかっただけで、妻をいじめるつもりもないと伝えてもいまいち響かなかった。
「だってこれ、奥様どうやっても正体ばらすやつじゃん」
「その方がいいのですが、奥様の事、なんとか誤魔化しきるはずです」
「面倒なことなってね?」
「どう見たって旦那様、逢引に浮かれてるだけだし」
「……恋愛については無知なんです」
「それ以前の問題だよ。今回は仕事であって逢引じゃないだろ」
三人の会話は聞かなかったことにした。夫婦として領地を回る。楽しみで仕方ないのは事実だった。
* * *
一週間後、ついにその日がやって来た。
(マヤ、頼んだわよ!)
店は貸し切りの札を下げてウツィアとウェズだけを迎え入れる姿勢をとった。
対応はウツィアの専属侍女のマヤがウツィアがする男装をして対面する。
「君はウツィアの専属侍女では?」
「!」
秒でバレた。
どちらにしろマヤの親族が関係しているから言い訳は立つ。
ウツィアは何かを言いかけたウェズを腕を引いて制しテーブル席に座らせた。
ウェズとしても隣にウツィアがいるのだから男装したウツィアが迎えてくれないことは分かってはいるものの、いつものカウンターに男装したウツィアがいないのが腑に落ちない。
「薬も化粧品も基本は受注で、化粧品だけは棚にあれば売っています」
「そうか」
「こちらが薬草茶です」
「ああ」
この日の為に淹れ方もマヤに教え込んだから完璧だ。
けれど常連のウェズには納得いくものではない。
(ウツィアが淹れるのが一番美味しい)
何も言わないウェズにウツィアは目線だけで「いけそう!」と合図を送った。
あらかじめ用意していた軽食やお菓子で時間を潰し、念の為最後に占いの話を持ち出す。許可を得る時の書類にも事業として記載があったからだ。
「ここではある程度通えば占いもしてもらえますよ」
領主様だから特別にみてくれそうですけど、どうしますかというウツィアの言葉にウェズは乗った。当然事業内容を把握したいなら乗るだろうと思っていたウツィアはマヤに夫を案内させる。
その間にカウンターを通り控室へ入って急いでローブを被った。占い部屋へ入ると夫が出ようとしているものだから急いで一人でしか入れない旨を伝えて引止めると、ウェズは占い部屋へ戻って来る。
「ふう……どうぞおかけください」
「ああ……過去や思考をみられたくないので手は出せないが、いいか?」
「え?」
つい先手を打ってウェズはハッとした。みるみえないの話を自分が知っているなんて妻からしたらおかしいと思われる。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
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