36 / 66
2章 本編
36話 夫婦揃ってなにしてんの
しおりを挟む
限界が来てヤクブとシモンの二人が倒れ込んだ時、鈴の鳴るような可愛いらしい声が響き、ウェズの手が止まった。
「旦那様」
「……どうして、ここに」
侍女のマヤを連れて鍛錬場の見学に来たと言う。今まで乗馬で朝しか来なかった主の妻の姿に騎士たちの視線が刺さった。
「乗馬ではここに来てましたけど、騎士たちの鍛錬場としては一度も来たことがなかったので、その、妻としてどういった感じなのかなと見に来たんです」
事前に言わずにごめんなさいと謝るウツィアに謝らなくていいと焦るウェズを見て、なんとか立ち上がったヤクブとシモンは不思議そうに眺めていた。
自分たちに向けられていた殺気がどこにもない。先程までの戦場を知らないウツィアはヤクブとシモンを指して話をしてもいいかと夫に許可をとってきた。一瞬空気が固くなるも、ウェズは頷き了承する。
微笑みそのまま、ちょこちょこやってくるウツィア。ずっとウェズの機嫌をとってればいいのにとヤクブとシモンは思った。
「えっと、名前は」
「あ、俺がヤクブで、こっちがシモンす」
「そう……ちょっといい?」
急に声を潜めた。ウェズは側近と話をしていて聞いていなさそう。
「私達の出会いなんだけど」
「出会い?」
「夫に問われたら偶然買い物に来てた私に偶然会ったことにするようにね! 男装してることは絶対言わないでね!」
「隠してるんすか」
「そうなの。女主人の仕事もしないで店開いて稼いでるとかよくないでしょ?」
「あーまー」
「分かりましたわ」
「ありがとう!」
言うだけ言って安心したように夫の元へ戻る妻の姿に、ヤクブとシモンは首を傾げた。
「夫婦揃ってなにしてんの?」
「わけ分かんねえけど?」
「御二方」
「ひょ!」
カツペルがさり気なく二人の背後をとった。ウェズはウツィアと話しててそれどころじゃないようだ。
「ご夫婦の現状ですが」
ざっくり男装と女装のことを話すと二人は呆れて息を吐いた。
「よく分かんねえすよ」
「なんでそうなった?」
「お気持ちは分かりますが、まあその内解決すると思います」
「まあ領主様、奥様すげえ好きみたいだしなあ」
「ええ、暫く見守ってあげてください」
一方、突然訪れたウツィアにウェズは戸惑うばかりだった。
「お仕事お疲れ様です」
「ああ」
「どうですか? あの二人、やれそうですか?」
「……筋は悪くない。ただ素人なので時間はかかる」
「そうですか……あの、たまにここに来てもいいですか?」
「え?」
そんなにあの二人が気になるのだろうかともやっとする。
「剣を使うウェズを見ることがないから、どんな姿なのか見たくて」
「え?」
(私を見に?)
ヤクブとシモンを理由にして、夫と親睦を深める手段をもっと持とうと思ってウツィアは言ったのだけれど、その言葉だけでウェズには効果が高い。
「戦争でしか剣を振るう姿を見られないかと思ってたんですけど、ここでなら見られるかなって」
「……怖くないのか」
「いいえ、格好良いです」
「ぐっ……」
(嬉しい)
ウェズが言葉を失ったのはウツィアの言葉に心を鷲掴みにされたからだったけれど、彼女は急に押しかけて困っているのだろうかという思いが頭をよぎった。
「あ、御迷惑かかるようでしたら遠慮します」
「いや」
「?」
「………好きに来ていい。これからこの時間はここにいるから」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「いや……」
(可愛い)
朝は乗馬、昼は店、業後に剣の稽古で、屋敷に戻ってからの夕餉までの時間を鍛錬場で会う。いつの間にかほぼ一日一緒にいることになっているけれど、当人たちはそれに気づかない。あまつさえ、これからこの流れで夕餉を一緒にすることになるのも当人たちは知る由もなかった。
「そういえば、あの店」
夫の突然の言葉にやばいバレるとウツィアは震えあがる。
「いえ! たまたま偶然に偶然であの二人とは出会ったんです」
「あの店、」
「あー! あの! 私がよく行く店でして!」
「よく行く」
間違いではない。働きによく行っている。
「化粧品を買ってます! じょ、常連みたいなもんです!」
間違いではない。自分で作った化粧品はウツィア自身も使っている。
「……そうか」
「はい」
それ以上ウェズからの追及はなかった。慌てるウツィアが可愛くて和んでしまったからとは気づいていないけれど、外野はきちんと気づいていた。ヤクブとシモン、そしていつものことだと分かっている側近のカツペルだ。
「めっちゃ奥様好きなんじゃん」
「そうなんですよ。分かりやすいでしょう?」
「あれで奥様気づいてなさそうだけど? 本っ当よくわからねえす」
「誰しもがそう思っています」
「旦那様」
「……どうして、ここに」
侍女のマヤを連れて鍛錬場の見学に来たと言う。今まで乗馬で朝しか来なかった主の妻の姿に騎士たちの視線が刺さった。
「乗馬ではここに来てましたけど、騎士たちの鍛錬場としては一度も来たことがなかったので、その、妻としてどういった感じなのかなと見に来たんです」
事前に言わずにごめんなさいと謝るウツィアに謝らなくていいと焦るウェズを見て、なんとか立ち上がったヤクブとシモンは不思議そうに眺めていた。
自分たちに向けられていた殺気がどこにもない。先程までの戦場を知らないウツィアはヤクブとシモンを指して話をしてもいいかと夫に許可をとってきた。一瞬空気が固くなるも、ウェズは頷き了承する。
微笑みそのまま、ちょこちょこやってくるウツィア。ずっとウェズの機嫌をとってればいいのにとヤクブとシモンは思った。
「えっと、名前は」
「あ、俺がヤクブで、こっちがシモンす」
「そう……ちょっといい?」
急に声を潜めた。ウェズは側近と話をしていて聞いていなさそう。
「私達の出会いなんだけど」
「出会い?」
「夫に問われたら偶然買い物に来てた私に偶然会ったことにするようにね! 男装してることは絶対言わないでね!」
「隠してるんすか」
「そうなの。女主人の仕事もしないで店開いて稼いでるとかよくないでしょ?」
「あーまー」
「分かりましたわ」
「ありがとう!」
言うだけ言って安心したように夫の元へ戻る妻の姿に、ヤクブとシモンは首を傾げた。
「夫婦揃ってなにしてんの?」
「わけ分かんねえけど?」
「御二方」
「ひょ!」
カツペルがさり気なく二人の背後をとった。ウェズはウツィアと話しててそれどころじゃないようだ。
「ご夫婦の現状ですが」
ざっくり男装と女装のことを話すと二人は呆れて息を吐いた。
「よく分かんねえすよ」
「なんでそうなった?」
「お気持ちは分かりますが、まあその内解決すると思います」
「まあ領主様、奥様すげえ好きみたいだしなあ」
「ええ、暫く見守ってあげてください」
一方、突然訪れたウツィアにウェズは戸惑うばかりだった。
「お仕事お疲れ様です」
「ああ」
「どうですか? あの二人、やれそうですか?」
「……筋は悪くない。ただ素人なので時間はかかる」
「そうですか……あの、たまにここに来てもいいですか?」
「え?」
そんなにあの二人が気になるのだろうかともやっとする。
「剣を使うウェズを見ることがないから、どんな姿なのか見たくて」
「え?」
(私を見に?)
ヤクブとシモンを理由にして、夫と親睦を深める手段をもっと持とうと思ってウツィアは言ったのだけれど、その言葉だけでウェズには効果が高い。
「戦争でしか剣を振るう姿を見られないかと思ってたんですけど、ここでなら見られるかなって」
「……怖くないのか」
「いいえ、格好良いです」
「ぐっ……」
(嬉しい)
ウェズが言葉を失ったのはウツィアの言葉に心を鷲掴みにされたからだったけれど、彼女は急に押しかけて困っているのだろうかという思いが頭をよぎった。
「あ、御迷惑かかるようでしたら遠慮します」
「いや」
「?」
「………好きに来ていい。これからこの時間はここにいるから」
「いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「いや……」
(可愛い)
朝は乗馬、昼は店、業後に剣の稽古で、屋敷に戻ってからの夕餉までの時間を鍛錬場で会う。いつの間にかほぼ一日一緒にいることになっているけれど、当人たちはそれに気づかない。あまつさえ、これからこの流れで夕餉を一緒にすることになるのも当人たちは知る由もなかった。
「そういえば、あの店」
夫の突然の言葉にやばいバレるとウツィアは震えあがる。
「いえ! たまたま偶然に偶然であの二人とは出会ったんです」
「あの店、」
「あー! あの! 私がよく行く店でして!」
「よく行く」
間違いではない。働きによく行っている。
「化粧品を買ってます! じょ、常連みたいなもんです!」
間違いではない。自分で作った化粧品はウツィア自身も使っている。
「……そうか」
「はい」
それ以上ウェズからの追及はなかった。慌てるウツィアが可愛くて和んでしまったからとは気づいていないけれど、外野はきちんと気づいていた。ヤクブとシモン、そしていつものことだと分かっている側近のカツペルだ。
「めっちゃ奥様好きなんじゃん」
「そうなんですよ。分かりやすいでしょう?」
「あれで奥様気づいてなさそうだけど? 本っ当よくわからねえす」
「誰しもがそう思っています」
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる