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1章 出会い編

7話 婚姻の承諾

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 時と場はウェズがオトファルテ伯爵家を去ったところに戻る。
 当のウツィアは件の子爵令息兼幼馴染みのリストと世間話をしていた。

「あの子好きなんだよーもー早く結婚したい」
「相手も満更じゃないんでしょ? 婚約なら年齢関係なくできるんじゃない?」
「そーだけど、あっちの両親がいい顔しなかったみたいでさー」
「大変ね」

 ウツィアの幼馴染みリストは、名高い辺境伯家の次女ミオシチナ・オドレゴシに想いを寄せている。貴族院にいた頃から悩み相談を受けていた。

「他人事かよ。うちの両親、俺とお前をくっつけようとしてんぞ?」
「知ってるし、困るわ」

 貴方とあの子が結ばれるよう応援してるわとウツィアは言う。これもいつも通りだ。

「俺ん家の申し出をお前んとこが断ってくれてるからいいけど」
「うちは王都直結な輸出入ルートがあるし、前からそちらの御両親は領地統合しようった言ってたものね」
「そーそー、本来ならうちがお前んとこに吸収されるのが常識的なのにな」

 ウツィアはこの幼馴染みを評価していた。両親に比べ頭も回るし、領地経営のこともよく分かっている。

「この戦争で一時的にルートが潰されたから少し収益減っただけだろ。お前んとこすっげえ腕いいから持ち直すのも早いだろうなあ」
「そうね。私が帰ってくるまでもなかったと思う」
「まあずっと城勤務だったなら久しぶりに帰ってよかったんじゃね? 両親もお前の顔見れてほっとしてるだろ」

 確かに喜ばれた。こちらは心配で帰ってきたのにあっけらかんとしているし、帳簿を見ても持ち直すものだと分かる程度の損失だ。

「頃合い見てまた出稼ぎに行くのもありね」
「たくましいなあ」
「当然よ」

 微笑んで応えるとリストが声をあげて笑った。辺境伯家のあの子と結ばれる前に笑い方をどうにかしたほうがいい。
 すると屋敷の方から駆けてくる少女が見えた。妹のマゼーニャだ。

「お姉様!」
「あら、どうしたの」
「お、お姉様に婚姻の申し出が!」

 これには二人して驚いた。

「うち以外から来るなんていいタイミングだな。とりあえず戻れよお前」
「ええ、その御令嬢の話はまた今度ね」
「おー」

 マゼーニャと二人、屋敷に戻る。マゼーニャは何度か幼馴染みのリストを見ながら、ウツィアにせまった。

「お姉様、あの男恋人いるの?」
「あ……秘密よ? 隠れた恋をしているの」

 その手の話が好きなのか、マゼーニャはきゃっと跳び跳ねる。どのような令嬢に? と興味津々だ。

「んー、身分差的な?」
「身分差おいしい!」
「よかったわ」

 内緒よと伝え、二人ゆっくり屋敷に戻った。
 申し出をしてきた相手は帰ったようで、不機嫌な弟と楽しそうな両親が余韻に浸っている。

「御父様、お呼びでしょうか」
「ウツィアに縁談だよ。ポインフォモルヴァチ公爵閣下だ」
「ええと、戦争英雄の?」
「ああ」

 長く続いていた南の隣国セモツとの戦いを和平という形でおさめた。その立役者がウェズブラネイ・メシュ・ポインフォモルヴァチ公爵だ。
 けれど接点がない。デビュタントの時に遠目で見ただけだ。背が高く、顔の右半分を覆う仮面をつけた渋面の男性だった。ほんの僅かに金色が混じる鮮烈な赤毛に薄い赤褐色の瞳を持つ人。

「何故、私に?」

 人違いではと思いつつ両親の話を聞くと、戦争で搬入ルートが駄目になった件について責任を感じ援助金を申し出てきたという。他の同じような貴族にも分配するようかなりの額を提示したらしい。

(それで婚姻の申し出もするって、金で私を買ったということ?)

 わざわざオトファルテ伯爵家に援助金を申し出るには理由が弱い。同時に婚姻の申し出があったということは本音はそっちだろう。

「公爵様は私より十歳年上でしたね」
「ああ」
「戦時中、顔に怪我を負って傷跡を隠す為に仮面をつけていると聞きました」
「そうだ。令嬢が卒倒するぐらい酷いものだと聞いたよ」
「横暴で怖い方という噂もあるわ」

 随分含みのある言い方をするなとウツィアは首を傾げた。両親は人を見る目に長けている。敢えて自身の印象を伝えず他人事のように話す辺り、巷の噂はただの噂にすぎないということだろう。かつ、自分の目で確かめろというところか。

「領地はここから南にあるセモツとの境界よ」

 戦争の褒賞によって爵位と領地を賜ったことは有名だ。領地が南の隣国セモツ境界なのはセモツへの牽制も含まれるし、動きがあった際対応ができるようにと考えれば妥当な場所だろう。
 戦争英雄、公爵位、領地は境界とはいえ和平が訪れ経営に問題はないときく。肩書きだけなら引く手あまたに思えるけれど、現状浮いた話の一つもないということは縁談が中々纏まらなかったのだろう。

「……受けます」
「姉さま?!」

 これは政略結婚だ。
 後継者が必要な公爵がうまいこと結婚するために年かさのいった、でも子供は辛うじて望めそうな娘を援助金で買う。
 そうだとしても、ウツィアには妙な予感があった。

「公爵様と結婚します」
「姉さまあ! やめときましょうよー! うちの収益なんて一年で戻せます! 援助金突っ返して結婚もなしにしましょう!」
「チェプオ」
「はい、お父さま」

 諫められ大人しくなる弟にウツィアは微笑んだ。

「大丈夫よ。初対面だけどうまくやるわ」
「姉さまあ……」
「それにね、なんだかうまくいきそうな気がするの」
「ウツィアの感がそうなら、きっとうまくいくのでしょうね」
「御母様」

 両親の様子から公爵が悪い人でないのは分かる。人として問題があれば両親はウツィアに話を持っていかない。

「私の理想はこの家族だから、そうなれるよう公爵様のことを知っていかないとね」
「姉さまあ……」
「そうね。貴方は昔から仲の良い家庭を作りたがっていたものね」
「はい」

 了承の知らせを受け、ウェズは領地から馬車を出した。ウツィアはあまり荷物を持たぬまま、侍女のマヤを連れて公爵家領地シュテインシテに向かう。
 二人が顔を合わせたのは、公爵家領地に入ってからだった。
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