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おまけ 結婚の挨拶

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「殿下、やはりこちらが伺う形がよかったのではないでしょうか」
「え~いいよ~ソミアの故郷見たかったし」
「ですが」
「その前にさ、名前」
「あ……」
「敬語もね」
「ええと……」

 シレと名で呼んでほしい。
 くだけた調子で話してほしい。
 婚約して主と侍女ではなくなったからと言うけれど、皇子とその妃なら丁寧な口調でもおかしくないと思う。実際外遊でそういった夫婦もいた。

「ヴォックス兄上たちは敬語じゃないよ」
「はあ」

 基準は殿下の二番目の兄らしい。
 継承権を失った一番上の兄と元婚約者はどうだったか。確か一番上の兄はくだけて話していたけど元婚約者は丁寧に言葉をかけていた気がする。殿下の親である皇帝夫妻は二人ともくだけていたから、そこも影響してるかしら。

「殿下」
「もうすぐ?」
「はい」

 帝国を離れ内陸を進み続け小さいながら栄えた町をいくらか越えた先に私の実家、インボークルム子爵家が見えてくる。あの頃から何も変わらず静かでのんびりとした場所だった。

「結婚の挨拶、どきどきするなあ」
「殿下よりも我が家が心配です」
「えー? なんでよ」

 御祖母様は大丈夫。いつもの顔をして当たり障りない対応ができるはず。問題は二人、父と双子の兄だ。

「殿下」

 馬車の外から声がかかる。幸い、町から少し外れたところにあるから野次馬はいないようね。内密に進めていたから新聞屋の姿もなかった。
 殿下の手に導かれ馬車を降りると、案の定の光景が待っている。少し距離がある中でも分かる程、緊張してガッチガチの二人と、その一歩後ろで姿勢よく立つ一人。

「こ、この度、はあ、あ、お、起こした頂きまして、えと、」

 これはだめだ。
 頭を抱えたくなるのを堪えた。
 久しぶりの対面に感極まるなんてことない。感慨も感傷もないなんて私の家族は中々やってくれる。
 せめて商談を行う時ぐらい気兼ねない自然体でいてくれればよかったのに、悉く予想通りの態度でくるんだから。

「た、タイヘンっ、きょう、しゅっく、に御座い、ます!」

 殿下は笑顔を絶やさずにいる。さすがというべきか、緊張すると言ってもとても優雅に対面してくれている。
 多少は伝えていたけど私の想像以上に家族の対応が下手すぎた。これがもう言葉にならない。
 祖母が父の後ろから合図を送ってくる。私はそれを目の前の兄に視線を送り、兄は悟ってくれた。

「よ、よければ、中に」
「ありがとうございます」

 子爵であれど平民に近い生活をしてきたインボークルム家では皇族なんて天の上ぐらいに思っているだろう。祖母はあくまで父の後ろにいる気だから二人……せめて兄にはまともに話ができる程度になってほしい。

「こ、こちらに、」

 家の中はなにも変わっていなかった。一階は商売相手を呼ぶこともある。入ってすぐの部屋に置いたソファに案内された。我が家で高級な家具はおそらくこのソファとテーブルのセットだろう。

「御祖母様、私が」
「いいえ、貴方はかけていなさい」

 お茶を淹れようとしてくれた祖母に制される。確かにこの場で下働きがいないなら祖母が担うのは間違いない。

「僕が淹れようか?」
「殿下は座ってて下さい!」

 いつの間にか私と祖母に近づいていた殿下が恐ろしいことを言ってきた。最初に茶会をした時を思い出す。殿下は「冗談だよ」と笑って席に戻った。慌てて震えている父と兄が胸を撫で下ろす。

「美味しいです」
「勿体無い御言葉恐縮に御座います」

 殿下は祖母の淹れたお茶を飲み笑顔で返した。
 もうこの父と兄はどうにもならなそうだったので、私は殿下に目配せして話を進めた。
 結婚の挨拶。
 インボークルム子爵家に拒否権なんてないのにわざわざ「認めていただけますか?」と問う。ぶんぶん縦に首を振ってどうぞどうぞと返す父に苦笑しかない。

「ソミア」

 ふと兄に呼ばれ視線をあげる。
 何度か躊躇いを見せ、殿下に視線を寄越して私に戻した後、はっきりと告げた。

「ソミアはいいのか?」

 震えながら、私を心配するような色合いを見せて私を見つめる。双子で半身のようなものだもの。気持ちは分かってくれているのかもしれない。

「散々悩んで決めました。大丈夫です」
「そうか……」

 敢えて笑みを見せると目元が緩んだ。殿下がこちらを見下ろす。目を合わせてすぐ兄を見た。

「僕がソミアを守ります。不自由はさせません」


 程なくして家を出るところを殿下にお願いして家族の元に駆け寄った。

「ソミア、もう本当びっくりだよ」
「お前が決めたことなら応援するから」
「御父様、御兄様、ありがとうございます」
「こっちは大丈夫だよ。戦争で潰された道も繋がったし」

 インボークルム家の商売の下降線は戦争による商売ルートが使えなくなったところも原因だった。それが回復すれば持ち直す兆しはあるという。仕送りもなくやっていけそうだという。

「……御祖母様」

 ずっと黙っていた祖母に話しかける。祖母はしっかり私を見た。変わらぬ良い姿勢に教え通りの顔。

「ええ、ソミア」
「ごめんなさい。私、御祖母様の教え通りにできなくて……殿下の前で随分失態を重ねました」

 祖母が私の髪を撫でる。嬉しそうに笑った。

「良い相手を見つけましたね」
「御祖母様」
「ソミアなら問題ありません。自信を持ちなさい」
「はい」
「あと、何かあったらいつでも戻ってきなさい」

 それはかつて城に行く時に聞いた言葉だ。懐かしさに泣きそうになる。

「心配には及びません。私には殿下がおりますので」

 そう言って笑顔で別れた。

* * *

「あまり時間をとれず申し訳ありません」
「いいよ~。このぐらいがいいんじゃない?」
「ありがとうございます」
「にしても双子ってすごいね、お兄さんとそっくりだったよ」
「似てない双子もいますけど……」

 特に男女で瓜二つの顔は珍しい。

「ソミアがお兄さんぐらい表情豊かだと嬉しいなあ」
「あれは顔に出すぎでしょう」
「はは、確かに……まあそれに」

 隣の殿下がにんまり笑って距離を詰めてきた。

「僕だけがソミアの表情知ってるっていいよね」

 またいやらしいこと言っている。

「御冗談を」
「特別ってことだよ~!」
「私は見られたくありません」
「ソミアったら~」

 と言いつつもしまりなく笑ってるあたり気にしてないようだ。そういえば、と距離を改めて話を変えてくる。

「ソミアとソミアの御祖母様ってとても似てるね」

 立ち振舞い、教え通りの表情、全部祖母譲りなのだから当然だ。

「でも御祖母様がいたから僕はソミアに出会えたわけだしね~」

 感謝しても足りないやと笑う。

「祖母は母代わりですので」
「そっかあ。そういえばあまりソミアのことは聞いてなかったかも」

 これからはたくさん聞かせてね。
 その言葉に嬉しくなる。先があると言ってくれているから。

「僕のことももっと知ってね?」
「もちろんです」

 えへへと目元を緩める殿下に少し苦笑してしまう。正直なんだから。

「じゃあ、今は膝枕を」
「いやです」
「ひどい」

 最近はきちんと眠れてるし、人材の入れ替わりも落ち着いて、業務振り分けができている。寝ることに関して甘やかす必要はない。

「なら抱き締めて」
「どうしたんですか?」

 急に甘えてきたのに理由がありそうできいてみると、少し考えた末に視線を逸らして誤魔化した笑顔で囁いた。

「ソミアが僕だけじゃないんだなあって」
「というと?」
「もー……焼きもちだよ」
「私の家族にですか?」
「……そうだよ」

 困った顔に変化した。この人ったら私の家族に嫉妬したの。

「分かってるよ、器量が狭いっていうんでしょ? ソミアのとこ家族仲良くてよかったって思ったんだけど、同じ分だけモヤっとしただけ」

 殿下のとこだって両親と二番目の兄とは仲がいいのに。

「ソミアの家族との風景を想像してなかったから」

 今まで二人きりだったからと唇を尖らせる。子供が拗ねたみたい。
 すっと手を伸ばし髪に触れるとこちらに視線を寄越した。

「殿下は意外と可愛いですね」
「格好つけたい身からすると微妙」

 でもソミアが甘やかしてくれるならいくらでも可愛くなるけど、なんて言ってくる。甘やかすとすぐこれなんだから。

「そうですね。あの庭でなら」

 甘やかしてもいいかも、なんて思ったのをすぐ後悔する。殿下が前触れなしに抱き締めてきたからだ。

「ソミア可愛い」
「ちょ、やめ」
「無理だよ~! 可愛いもん」
「離れて!」
「えへへ、ソミア顔真っ赤」
「!」

 心底嬉しそうにしてる。殿下は私の顔がいつも通りでなくなると特別感があるからと言って喜ぶことが多い。

「早く慣れるといいね」
「殿下!」
「慣れない方がいいのかも」

 なおもぎゅうぎゅうに抱き締めてくる。やっぱりこのままキスしたいとまで言ってきた。

「……殿下っ」
「別に結婚式までお預けしなくてもいいでしょ?」

 確かにそうだけど。
 なにやらスイッチ入ったよう。しきりに引っ付いてくる。そんなに挨拶大変だったのかしら。殿下だってまったく緊張しなかったわけではないだろう。けどどうしようか。一度許すと今日の殿下は際限なさそうだし。

「ええい」
「!」

 隙あらばとばかりに頬に唇を寄せてきた。なんてことを。

「ソミアこっち向いて」
「嫌です!」
「えー」

 抱き締められていて逃げられない。なのでせめて唇は死守しないと。これ以上の接触は恥ずかしさにおかしくなりそうだもの。

「これからはもっと恥ずかしいことしてくんじゃないの?」
「なにを言ってるんですか!」
「好き合ってるならキスぐらい普通だよ~」
「心の準備が必要です!」

 えー、となおも不満を漏らす殿下に恥ずかしさが頂点に達した。

「あんまりしつこいと実家に帰ります!」
「えー」
「祖母から了承を得てますので!」
「え、待ってなにそれ、やめて」

 それでも抱き締められたままなあたり殿下の頑固さが窺える。足元を見られてる私も私だけど。
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