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1話 ソミアの王城入り

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 私が生まれた時、既に私の国はウニバーシタス帝国に併合された後だった。とはいっても内陸の片田舎で国としての認知度も低い。双子の兄と父、祖父母の五人、子爵家として領地はないものの商売で生計をたて生活していた。
 併合後も帝国の武力侵攻の影響が続く。物流や様々な売買に帝国が介入を始めたからだ。その影響が直撃し私の家は困窮した。普段使ってきた流通ルートが使えなくなったのが原因だった。

「ソミア、来なさい」
「はい、御祖父様御祖母様」

 祖父母は父や兄のいない所で家の商売内容や文字、計算、取引先の国の言葉といった商売に関わるものを全て教えてくれた。家督を継ぐ兄の支えになるよう育てたかったらしい。父の支えとして敏腕を振るっていた母は私と兄を生んで亡くなっていたから殊更家の未来を気にしていた。
 けど戦争の終わりが見えない。私は決断せざるをえなかった。

「お願いがあります」

 祖父が流行り病で亡くなったのをきっかけに私は自ら奉公を申し出た。商売継続を決めている父と兄の為、私自身が食べるに困らない為だ。

「私の伝手を使ったから問題ないでしょう。家が立ち直ったら手紙を出します」
「はい、御祖母様」

 奉公先はウニバーシタス帝国ポステーロス城だった。ここで下働きとして過ごす。

「感情を表に出さず、相手に主導権を持たせないように」
「はい、御祖母様」
「いつも通りであれば当たり障りなくすごせるはずです」
「はい」

 十歳だった私は子供らしからず無表情仏頂面、声の調子も冷たく平坦だ。それこそが祖母の教えだった。
 子爵家の商売の下降線に比例して周囲の子供も私と双子の兄を冷遇した。周囲の大人の態度が父に対して冷たくなり、そのまま子供にも反映するという典型。その中で私は傷つかない術として感情を出さない事を祖母から学んだ。兄はそれが出来なかったからしょっちゅう泣いていたけど。
 対処法を身に着けた私を祖母はどこでも働けると褒めてくれた。だから奉公に出ることを許してくるたのだと思う。
 そしてついに仕事場であるポステーロス城へ辿り着いた。

「ソミア・インボークルムと申します」

 城の中、侍女服に袖を通し、いつも通りの顔をして対面する。

「ええ。貴方の教育係はレクツィオです」
「よろしくね」
「はい」

 レクツィオは御祖母様の御兄弟の孫にあたる。私からすれば再従姉妹はとこになるだろう彼女は姉妹兄弟が多く、事業自体は安定しているものの自立した生活を目指して奉公に出たらしい。

「ソミア、この子はメル。貴方より少し前に入ってきた子よ」
「よろしく!」
「よろしくお願いします」

 明るく笑う年の近い女の子は私のことを格好いいと初対面で褒めてくれた。結構距離が近いけど、悪意は感じなかったからいい子なんだと思う。

「じゃあ早速やりましょうか」

 レクツィオについて仕事を教えてもらうけど、概ねそつなくこなせた。レクツィオの教え方がよかったのもある。仕事ができる人だと一緒についててよく分かった。なにより彼女が皇子殿下の身の回りまで任されていたことがその証明だろう。

「第三皇子殿下はソミアと同い年よ」
「そうですか」
「反応薄いわね~まあ第三皇子殿下も子供らしくないし、貴方たち案外気が合うかも」

 皇子と気があったところで気軽に話す関係にはならないだろう。身分の高い人間には見合った立場の人間がつくし、お茶相手にしたって高爵位の御令息御令嬢がつく。侍女の私が対等に話す権利はない。

「第二皇子殿下が騎士学院の寮に入ってからは淋しそうだし、少しは相手してあげるといいんじゃない?」
「身分不相応だと思います」
「も~かたいこと言わないの!」

 第二皇子の私室は寮生活だからか生活感がなかった。彼は騎士を目指しているらしい。

「第三皇子殿下が子供らしからぬ子供なら淋しくないのでは?」
「まあ確かにそういう素振りはないんだけど」
「なら淋しくないのでは?」
「そういうことは言わないの」

 ほら行くわよ、と第三皇子殿下の部屋の扉を叩く。ここからは無駄口を挟めない。許可が下り入ると殿下付きの執事が扉前に待機していた。

「レクツィオ」
「はい、殿下」

 彼女の名前を呼び、笑顔で駆け寄る同じ背ぐらいの男の子が見えた。レクツィオが頭を下げるので私も慌てて頭を下げる。あまりに親し気で驚いてしまった。

「もー畏まった挨拶はいいって言ってるのに」

 顔あげてと言われレクツィオに合わせて顔をあげる。
 目の前の子供は眉を八の字にして唇を尖らせていた。

「殿下とお話しできるだけで幸せですよ?」
「そう? で、今日メルの次に新しい子来たって聞いたけど、その子?」
「はい」

 私に視線が注がれる。名乗っていいのよというレクツィオの言葉と殿下の頷き、殿下付きの執事の様子を見てから礼をとって名乗った。

「ソミア・インボークルムと申します」
「ソミアかあ。いい名前だね」

 ぱっと見た所そこまで子供らしからぬ様子は見えない。レクツィオはなにを見てそう思ったのだろう。
 精々皇子らしくないといったところでは? 第一皇子は遠目から見てもふんぞり反って歩いていた。皇族といえばあのぐらい鼻につく印象なのに、目の前の皇子はそんな素振りはない。

「僕はシレ。シレ・パラディースス・プロディジューマー。シレでいいよ」
「もったいない御言葉、大変恐縮ですが、殿下のお名前を呼ぶことは致しかねます」
「ソミアは真面目だね。ヴォックス兄上みたい」

 第二皇子殿下と同一視しないでほしい。私はしがない子爵家の人間で、王城で働く下働きだ。

「殿下」
「ああ、分かった……仕事に慣れるまで大変だろうけど無理しないでね」
「はい」
「何かあったらすぐに言って。改善するから」
「はい」
「足りないものもあればすぐ補充するから。レクツィオも遠慮しないでね」
「はい、殿下」

 側付きの執事に呼ばれ部屋の中にある大きな机を前に座った第三皇子は背筋を伸ばし綺麗な姿勢で書類にサインをし始めた。

「……え?」

 どう見てもそれは帝国の財政に関する書類だった。彼はまだ十歳のはず。もう財政の仕事にするの?

「言ったでしょ」
「?」

 私の視線で気づいたのかレクツィオが耳元で囁く。第三皇子殿下は秀才で既に政に従事しているらしい。

「殿下が仕事をしている間に奥の部屋から掃除ね」

 ちらりと盗み見た第三皇子殿下の顔つきが全然違った。これがレクツィオの言う子供らしからぬ姿だとすぐに分かる。
 次元が全然違った。私と彼が話が合うなんてことはない。それが彼に対する第一印象だった。
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