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@お泊まり会

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恐る恐る浴室のドアを開け覗き込む。
ほんのり頬を赤くして浴槽に浸かっている先輩がひらひら、と手を振った。

「遅かったね、してたの?」
「何も!何もナニもしてません!!」

ニヤリと笑う先輩にようやく鎮まったはずの愚息が…いや気にしたら負けだ、そう言い聞かせ椅子に腰を下ろす。

「シャンプーとかその辺の使っていいからね」
「あっ、ありがとうございます…」

僕の左側、浴槽の側からのなんとなく刺さるような視線をあえて気付かないフリをして頭を洗う。

「あきちゃんってさぁ…」
「はい!?はいなんですかどうされましたか!?」
「ちょ、泡飛ぶ勢い良く振り返るな」
「ご、ごめんなさい…」
「いや別にいいけど」

意識しすぎていたからか激しく反応してしまい慌てて正面を向き直す。

「あきちゃんってさ、筋肉結構付いてるよね。筋トレとかしてるの?」
「いや特には…あ、でもたまに走ったりとかしてます」
「走る」
「?はい」
「漫研らしからぬ発言…」

別に、聞かれてはいないので答えないが僕が走るのには理由がある。勿論先輩だ。
たまに揺さぶるような発言を…多分無意識でしてくる先輩に必要以上に揺さぶられる僕の邪念を打ち払うための手段がランニングなのだ。
お陰でそれなりに見られる体になったし、先輩にも褒められた?多分褒められた。やった。

「いいよねぇ、俺筋肉無いから…なんか腹立つ」

褒められてなかった。妬まれてた少し。

「あはは…先輩、筋肉付きにくいんでしたっけ」
「そうなんだよね。…あれ、俺そんなことあきちゃんに言ったっけ?」

恨めしそうに自身の二の腕をつついていた先輩がふとこちらに視線を向ける。
ヤバい失言した。非正規ルートから先輩情報入手しているのがバレる…

「えっと、確かほら、前の飲み会か何かで…聞いたような?」
「そうだっけ?よく覚えてたね。あきちゃん、俺が言ったこと全部覚えてそうな勢いだね」

勿論覚えていますとも。全て。
シャンプーを流しながら心の中でそう答えながら、無難な答えを考える。

「全部まではいかないですよ、流石に。印象に残ってるものだけです」

あ、僕の頭今先輩の匂いする。
え、僕気持ち悪っ。

「そんなに俺が筋肉付きにくいって印象に残ったの?なんか複雑だなー」
「いや、でも先輩は細身な今の感じがこう、似合ってますよ!」
「そう?この感じが?」

ザバン、と水音を立て先輩が、僕に向かって、立ち上がる。浴槽に浸かっていた先輩が。仁王立ちで。

カッと顔が熱くなり鼻から何かが垂れ…あっコレ鼻血だ。
大きな音を立てながら風呂椅子から転げ落ちる。両手は顔に、限界オタクのポーズ。
死んだわ僕。
おへその形も大好きです先輩。

「えっ…思ったよりすごい反応。大丈夫?」
「だいじょばないです腰めちゃくちゃ痛いです」
「顔じゃなくて?」
「顔は先輩のそんなパーソナルな姿を見ない為のガードです何も見てません僕ほんとに見てません何も」

痩せすぎなくらい細い体の薄い腹も細い太もももその間も何も見てません。ごめんなさい嘘です見ましたバッチリ見たし記憶にしっかり残っちゃってます。

「別に男同士なんだし、見たって構わないのに。大丈夫?起き上がれる?」
「大丈夫です大丈夫なのでちょっとあの一人にしていただけませんか」

強打した腰の痛みと罪悪感で辛うじて大人しくしている愚息だが気を抜けばさっきの…先輩の姿をありありと思い出してしまって、つまりはギリギリなのだ。お願いだから一刻も早く一人にして欲しい。

「いや、流血沙汰なのに1人には出来ないでしょ。なにでぶつけたの?とりあえず外出よう、手貸すからさ」
「触らないでください!」

咄嗟に叫んだ僕の声に、浴槽から上がり近付く先輩の気配がとまる。
しまった。

「いや、あの失態が…恥ずかしいので、ごめんなさい、血とか綺麗に掃除するので、その…」

まごまごとした言い訳しか出ず、一瞬シーンとした空気が流れる。

「…そっか。ごめんごめん、恥ずかしいよね。先に出てるから、逆上せないように気をつけてね」
「は、はいっ。すいません…」

風呂場の扉が閉まり、僕は強ばっていた体の力をゆっくり抜いた。
やっってしまった………。
先輩相手に怒鳴って挙句気を使わせるだなんて、何をやっているんだろう。
痛む腰をおさえつつ体を洗いながら、僕は深い深いため息をついたのだった。



-----------------------------



気まずい。非常に気まずい。
何とか風呂から上がり先輩に借りた体操服に着替えたはいいものの、どんな顔をして脱衣場から出て良いものかが分からない。
パッと見陽キャみたいだよね~とか言われることもあるが、僕の中身なんてビビりでコミュ障な限界ヲタク…解釈違い以外で人と喧嘩したことなんて無いし、増してや先輩相手に、一体どんな面下げて出て行けば良いものか…

うおぉぉぉとひとりしゃがみこんで頭を抱えていると、脱衣場のドアが不意に開けられた。

「アキちゃん、着替え出来た?…ってアキちゃん?ぶつけたの腰って言ってなかったっけ、頭痛いの?」
「ちが、頭は痛くないです!」

またいらない心配をかけてしまった!と慌てて顔をあげると、風呂上がりの、先輩の姿があって…

「えぇっと、鼻血、また出てるけど。」
「えっ!?あ、ご、ごめんなさい!」

僕の粘膜バグってしまったのかもしれない。いやおかしいのは頭か。いや先輩の風呂上がり姿の色気はカンストしてたから正常な反応か。
…やっぱり僕の頭バグってるな。

「逆上せちゃった?ティッシュ取ってくるから大人しく待ってて」
「ありがとうございます…」

言われた通りじっとそのまま待つ。
タオルドライしただけのまだ濡れた髪とタオル、普通のスエットを着ているはずなのになぜあそこまでの色気が…もしも先輩がバスローブとか着たりしたらどうなってしまうんだろうか。…あ、ヤバい。

「はい、ティッシュ持って来た……けど、足りそう?」
「服は!服は汚してないので!ごめんなさいほんとごめんなさい!!」

脳内が大人しくなかったせいか、必死に押さえていた僕の両手は人ひとり殺したのかってくらいに真っ赤だった。あぁ、きっとドン引きされた。
手と顔を拭いながら先輩に謝り倒していると先輩はクスクスと笑う。

「また謝り虫になってるよアキちゃん。大丈夫だから、おかげですっかり酔いも醒めたよ」
「すいません、あ、いやええっと…よかった、です?」

うまい言葉が出て来ず、謎の疑問形で返してしまう。ああほんっとコミュ障だな僕…


僕の鼻血が落ち着くまでの間に、先輩が布団を敷いてくれた。セミダブルくらいだろうか、少し大きめのベットの下に敷かれた布団にお泊まり会感を感じちょっとワクワクしてしまう。

「すいません、布団とかもお借りしちゃって…」
「また謝ってるよアキちゃん。いーんだよ俺が誘ったんだし」
「あ、えっとじゃあ、ありがとうございます?」

普段はもう少しうまく喋れるのだがいつになっても先輩の前ではそうはいかず。アワアワとしてしまうこの反応も、何処かのアニメのヒロインだったら良いのだろうけど残念ながら僕は図体のデカいただの男だ。

「どうしたの?急にため息ついて」
「い、いや…僕ってコミュ障だなぁって」
「そう?まぁいいんじゃない?そういうアキちゃん可愛いし」
「だっ、だからからかわないでくださいって!」

表情ひとつ変えずそんなことをサラッと言う先輩にまた乱される。

「からかってないよ別に。さぁ布団入った入った、電気消すよ~」
「はーい。…なんか、合宿思い出しますね」

漫研時代に戻ったような先輩の言い方にふふっと笑いながら布団に入る。あの時は寝ても醒めても原稿尽くしだったけど、幸せな時間だったと思う。

「電気消さないとずっと書いてたもんねぇアキちゃんは」
「え、僕ですか!?」
「はい電気消すよ~」

パッと暗くなり、窓から入る僅かな街灯の光がベットの枕元を照らす。

「あの時は原稿するか寝るかだったから、合宿らしいこと全然出来てないよね」
「皆でご飯食べたり風呂入ったりとか、以外でですか?」
「それは最低限って感じじゃない?」

ベットに腰掛けた先輩が眼鏡を外してヘッドボードに置く。そんな些細な仕草も、一々目で追ってしまう。

「例えばほら、恋バナとか?」

ドクン、と心臓が跳ねる。落ち着け、こんな話題散々してきて慣れているだろう、自分。

「っ…そんなの、漫研でやっても推し自慢しか出来ませんよ、皆」
「そうかな?意外と皆やる事やってたみたいだけど」
「えぇ!?そうだったんですか!?」
「アキちゃんは鈍いもんね~やっぱり気付いて無かったか~」

気付くわけない、というか自分の気持ちがバレないようにすることに精一杯で他に目を向ける余裕なんてなかったのかも知れない。

「そういえばさ、アキちゃん」

ベットに横になっていた先輩が、僕の方に体を向けそう呼びかける。

「はい、なんですか?」
「俺にさー、なんか言うこと無い?」

その表情、というか目に今日イチ心臓が早鐘を打つ。

これは、バレている。

「………なんの事ですか?」

僕の気持ちが、確実に。

「だからー言うこと無いの?アキちゃんが、俺に」

僕の大好きな先輩の顔が、僕の大好きな不敵な笑みを浮かべている。早く言えと言わんばかりに。

「………………なにも、無い…と思います」

でも僕は、そんな先輩のくれたチャンスを自ら捨てた。

「ふーん…そっか。無いならいいや、おやすみ」
「お、おやすみ、なさい」

くるりと反対を向き背中を丸め、僕は布団を深く被った。

バレていた。やっぱり。バレている気はしていた。告白…したらきっと、先輩は無下にはしないだろう。そういう人だ。
でも僕は…先輩にはこんな、悪路を選んで欲しくないのだ。

遠くに聞こえる車の音と、秒針の音。
僕は先輩の寝息が聞こえるまでずっと、告白しない理由を考えていたのだった。
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