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デモンブラッド

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 ──ゴーン、ゴーン、ゴーン。

「鐘も鳴った事ですし、授業はここまでにしましょうか。 皆さん、お疲れ様でした」

 本日の学業もこれにて終了。
 日本に居た頃もそうだったけど、この瞬間が一番解放感を感じる。
 クラスメイトも皆同じなようで、

「んー! ようやく終わったー! おーし、遊ぶぞー!」

「ナギサ、あんた今日バイトじゃないの?」

「……ハッ! そうだった……」

 誰も彼もが満面の笑みで騒ぐ中、わたわたしているシンシアが突然こんな事を言い出した。

「あっ! 待ってください、みなさーん! まだお話は済んでないので、そのまま座っててください~!」

 出鼻を挫かれた面々はぶつくさ文句を呟きながらも、しょうがないと大人しく席に着く。
 
「せんせー、話ってなんすかぁ?」

「ごめんね、皆。 これだけは伝えておかなくちゃいけないから、少しだけ時間ちょうだいね。 ……こほん。 皆さんは、デモンブラッドと呼ばれる薬物をご存じですか?」

 デモンブラッド……?

「この薬物は、身体能力や魔力を一時的に向上させる反面、異常なまでに高揚感や狂暴性を増幅させるとても危険な薬物です」

 いわゆる、麻薬ってやつか。
 この世界にまさか麻薬があるとは思いもよらなかった。
 人が求める物というのは、世界を隔てようとも案外変わらないものなのかもしれない。
 
「現に王都ではデモンブラッド服用者による被害が多発しており、規模は大小様々ですが、酷いものだと強盗や暴行事件などもあるとの話です。 ですので城下町を出歩く際は必ず集団行動をし、人気ほない場所には行かず、暗くなってからの外出も極力しないでください。 当然ですが、デモンブラッドの服用は決してしないように。 服用が認められた生徒には罰として、1ヶ月の停学と何らかの処罰を下すと職員会議で決まりました」

「うわ、マジかよ」

「王都おっかねー」

 デモンブラッドか、ちょっと気になるな。
 俺には直接関係ない話ではあるが、もし友人やクラスメイトが被害にでも遭ったりしたらすこぶる気分が悪い。
 一年前の帝国による進行作戦ほどの脅威は無いにしろ、もう後手に回るのはごめんだ。
 少し調べてみるか。

『シンシア、デモンブラッドの件で話がある。 この後少し良いか?』

『は、はい! 承知いたしました! ではまた後程! 屋上でお待ちしております!』

 その後、シンシアは生徒らに一言二言挨拶を交わし、教室から出ていった。
 





「──さて、そろそろ行くとするか」

 誰も居なくなった教室を後にした俺は、迷いの無い足取りで目的の場所へと向かう。
 目的地は部活棟の屋上。
 あそこなら人が寄り付かないから、秘密の話をするにはうってつけだ。
 
「まぶし……」

 屋上の扉を開けると、夕陽が射し込んできた。
 その陽射しを浴びるよう、シンシアが柵にもたれ掛かっている。
 風に揺れる紫紺の髪、幼さを残しながらも大人の色香を漂わせる美貌、スーツ風の教員用制服が似合うスラッとしつつも出るとこは出ているスタイル。
 こうして改めて見てみると、男子学生がこぞってシンシアにぞっこんなのもわかる気がする。
 ただこいつの場合、こういう空気の時は必ず……。

「シンシア」

「……お待ちしておりました、リュート様。 此度はお呼び立てしていただき、誠にありがとうございま……ふみゅっ!」
 
 ──パシッ。

 ふう、危ない危ない。
 シンシアがこけた拍子に胸元から飛び出してきた投擲用のナイフが、目玉に突き刺さるところだった。
 これだからシンシアのドジは恐ろしい。
 俺じゃなかったら死んでるとこだぞ。

「どうしてお前はいっつもいっつも、何もない所で転べるんだ。 お前のドジは他人の生死が関わってくるんだから、もう少ししっかりしてくれよ」

「ずびばせん~! 以後気をづけます~!」

 何度目だよ、それ。
 聞き飽きたわ。

「……ったく、良い大人がなに泣いてんだ。 ほら」 

 立ち上がらせてやろうとシンシアに手を差し出してやると、彼女は感謝の念を口にしながら申し訳なさそうに手を取った。

「それと、これ飛んできたぞ。 ちゃんとしまっとけ、こけても飛んでいかないところに」

「はい! そうします!」

 こけないようにするとは言わないのか。
 そうか……。

「ところで、お話というのはやはり……」

「ああ、察しの通り、デモンブラッドの件だ。 シンシアはあれについて、どこまで情報を掴んでる?」

「も、申し訳ございません……調査の方はまだ……」

 無理もない。
 王都でこんな問題が浮上しているだなんて、寝耳に水だからな。
 なによりシンシアも俺と同じく王都に来て日が浅い。
 調査が始まってなくても仕方ないというものだ。

「もし今から調べるとして、期間はどのくらいかかりそうだ?」

「い、今からですか!?」

 頷くとシンシアは「教職と平行してなんて無理ですよぉ! 過労死しちゃいますぅ!」と言ってきた。
 こちらの世界でも教職ってのはハードのようだ。
 必死さが伝わってくる。
 しかし俺はもう後手に回るつもりはない。
 もうあの時のような想いは絶対にしないと心に決めた。
 故に今の発言を取り消すつもりはない。

「だったらリルとエンドラ、ついでにアリンとリーリンに手伝うよう俺から言っておこう。リルは鼻がきくし、エンドラは空から市内を見回せる。 アリンとリーリンの能力は言わずもがな、あいつら程有能な人間はそう居ない。 必ず役に立つはずだ。 それならどうだ?」

「……確かに皆さんが手を貸してくださるなら可能……かも?」

「かも?」

「い、いえ! やれます! 是非このお仕事、私達にお任せください、主様! 必ずお役に立ってみせます!」

 シンシアは跪くと、そう断言した。
 であれば、俺もやれる事をやるとしようか。
 皆の努力を無駄にしない為に、俺にしか出来ないことを

「ああ、期待している。 励むがよい、シンシアトリスタンよ」

「ハッ!」

 影の円卓騎士団シャドウナイツの諜報担当、トリスタンの顔になったシンシアを見下ろしながら、俺は胸もとからとある物を取り出した。
 そう、取り出したのはリヒター殿下から半ば無理矢理渡されたアレ。
 キングスナイツの印章だ。

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