上 下
29 / 56

異変

しおりを挟む
「──んで、折角だから皆と食べようと思って屋敷を抜け出してきた訳だ。 とまあ、だいたいこんな感じ。 どう? あらかた理解出来た?」

「「「「………………」」」」

 話の途中から段々口数が少なくなっていたのは気付いていたが、今では全員が豆鉄砲を食らったかの如く呆然としている。
 だが暫く経つと、一人また一人と疲れた声を絞り出していった。

「リュート様が規格外なのは今に始まった話じゃないけど……」

「運まで規格外とか、女神に愛され過ぎだろ……」

 すまんな、運もカンストしてるんだ。
 その女神様のお陰で。

「ホントよ、ホント! ずるいったら無いわ! 一つくらいあたしにも寄越しなさいよね、バカリュート!」

「嫌だよ、渡したら楽出来なくなるじゃん。 俺はこれからもこの力でのんびりライフを満喫するんだ。 だから絶対渡さねえ。 ていうかバカって言うなよ。 俺、こんなんでも一応領主の息子だからな?」

「でも、ある意味わたし達も運が良いよね」

「なんでよ?」

 アリンが間を置かず尋ねると、リーリンは俺に微笑んでこう言った。

「だって、こんな凄い人が未来の領主様なんだよ? ならわたし達って、この世界で一番幸運なんじゃないかな」

「あー、言われてみたら確かにそうかもなぁ。 リュートは他のクソ貴族と違って、俺らの事見下したりしないしな」

「それに、なんていうか……安心感? が、あるよね。 リュート様が居たらこの先何があっても、ヴァレンシール村は大丈夫っていう、不思議な安心感がさ」

「……そうね。 だからこそあたし達は、リュートに少しでも楽をさせてあげなきゃならないのよ。 守られるだけなんてまっぴらだもの」

 アリン、お前……。

「へっ……だな」

「うん」

「だね」

 どうやら前世と違って今生の俺は、本当に運が良いらしい。
 こいつらと出会わせてくれた事に、最大級の感謝をします、女神様。
 俺は絶対にこいつらと、こいつらの居るここを守る。
 どんな災厄が降りかかろうとも、絶対に誰も死なせやしない。
 こいつらと最後まで最高な人生を堪能する。
 それがきっとこの世界で俺がすべき事なんだと、改めて認識した。
 
「なっ、なにこっ恥ずかしい事言ってんだよ、お前ら! 良いからさっさと菓子食おうぜ! 折角の紅茶が冷めちゃうぞ!」

「ふふっ」

「はいはーい」

 流石は長年の付き合い。
 照れ隠しの裏に隠した本音がすぐにバレてしまったようで、四人は嬉しそうにはにかんでいる。

「んじゃ食べようぜ! いっただっきまーす!」

「あむっ……んん! 美味しー! 流石はこんな田舎まで評判が届いてるだけはあるわね! こんなに美味いクッキー今まで食べたことないわ!」

「こっちのスティック状の菓子もうめえぞ! めっちゃサクサクしてやがる!」

「僕はこのマドレーヌが好きかな。 ほのかな甘みと、しっとりとした生地がたまんないよ」

 喜んで貰えて何よりだ。
 さてと、それじゃあ俺はこっちの箱を開けてみるとするか。

「……なんだこれ。 ペンダントか?」

 箱に入っていたのは、王家の紋章であるマンティコアを象ったペンダントだった。
 この見た目だけでわかる。
 これ絶対、王家縁のもんだろ。

「わたしはフィナンシェが好きですねー。 この歯応えがなんとも…………ん? リュートさん、それなんですか? ペンダント……?」

「みたいだ」

「リヒター様からの贈り物なんだろ? なんか特別なもんなのか?」

「さあ、どうだろ」

 手紙に書いてあるんじゃね、ちょっと読み上げてみなさいよ、と二人に言われるがまま、俺は手紙を読み上げていく。

「……やあリュートくん、贈り物は喜んで貰えたかな。 ああ、もちろん洋菓子の方じゃなくて……」

 ────ペンダントの方ね。 そのペンダントは信用に値する者のみに贈られるペンダントで、所持している限り我々王家の庇護を受ける事が出来る代物なんだ。 一応言っておくけれど、それは君を縛り付けるような物じゃない。 むしろ逆で、君がこれからも自由に生きていけるようにする為の物だから、あまり深く考えないで欲しい。 君とは今後とも、よき関係を築いていきたいからね。 まあ先行投資とでも思ってくれ。 あっ、でもこれだけ約束してくれるかな? 悪事には絶対使わないこと。 これさえ守ってくれるのであれば、そのペンダントに宿った権力を好きに使ってくれて構わないから。 君の親愛なる友人、

「リヒター=ノーディスより」

「「「「………………」」」」

 また皆固まってしまった。
 正直、俺も困惑している。
 このペンダントはいわば、俺が他国に行くのを阻止しようとせんが為の手綱だ。
 本来であればキングスナイツで監視下に置きたかったのだろうが、断られたから仕方なくこういった手段に出たのだろう。
 とはいえ、一応は俺の自由を確約してくれているし、こちらにもメリットはあるから、特に拒否する理由はない。
 むしろ、下手に返したら変な理由をつけられて、身柄を拘束される可能性だってあるかもしれない。
 であればここは一先ず貰っておいて、向こうの出方を窺った方が賢い選択だろう。
 
「だってさ」

「……もうホント嫌なんだけど、こいつ」

「リュートを見てると努力してるのがバカらしく思えてくるよな……」

「うん……」

「あ、あはは……」

 そんな事言われても。
 こういうのは巡り合わせだし、仕方なくないか。
 と、苦笑いを浮かべていた最中。
 魔力探知で魔物らしき反応を感じ取った。
 この莫大な魔力量、もしかして……。

「……ん? どこ行くんだよ、リュート。 もう帰んのか?」

「いや、そういう訳じゃないよ。 ただこのまま此処に居たら扉が破壊されそうだから、外に出ておこうかと思ってね。 なんなら皆も来る?」

「「「「…………?」」」」

 全員キョトンとしていたが、気になるのか一人も欠けずについてきた。
 
「なに? 近くに魔物でも居た?」

「まあそんなとこだ、すぐに分かる」

 言った通り、そいつはあっという間にリーリンでも感知出来る距離まで接近。

「……この魔力、もしかして……リルちゃん?」

 リーリンが呟いた直後、フェンリルことリルが森から飛び出してきた。

「わおーん!」

「うわっ!」

 リルは数日ぶりに会えたのが余程嬉しかったのか、俺の胸元に飛び込み、勢い余って押し倒してきた。
 痛くはないが、顔を舐めるのはやめて欲しい。
 ベトベトする。

『主殿! 主殿! はっはっ!』

「嬉しいのはわかったから離れろ! 臭い!」

「くぅーん……」

 ショックを受けたリルは離れると、分かりやすく落ち込んだ。
 最初の頃見せていたあの獰猛さは一体どこへ行ってしまったのやら。
 今やただの犬っころである。
 
「リルくん、丁度よかった。 この間約束したボアの干し肉出来たけど、食べる?」 

「わん!」

「ほらよ、よく噛んで食うんだぞ」

 小屋の裏から持ってきたジャーキーを美味しそうに食べている。
 それで良いのか、魔王軍元幹部。

「一応こいつ、フェンリルの筈なんだけどな……」

「こうして見てると、普通の犬だよね。 犬っていうか、狼かな?」

「ほんとにな。 ……そういえば随分魔力感知が上手くなったな、リーリン。 前より精度が上がったんじゃないか?」
 
「うーん、そうかなぁ。 リルくんの魔力は膨大だからすぐわかるけど、普通の魔物だと見過ごしちゃうことが結構あって…………これからも精進しないと」

 十分頑張ってると思うけど、わざわざ水を差す必要はないか。
 上達するに越した事はないし。

「応援してるよ、頑張って」

「うん、期待に応えられるように頑張るね」

「……にしても、いつまで食ってんだよ、あいつは。 おい、リル。 いい加減こっち来い。 少し話がある」

 呼ばれたリルは急いで飲み込むと、皆から離れてた俺の元へやってきた。

『いかがなさいましたか、主殿』

「ああ、実は王都でちょっとした噂を耳にしてな。 その噂ってのは、まあ端的に言うと帝国との戦争に関係ある事なんだが……何か心当たりはないか? あれば教えてくれ。 一応耳に入れておきたい」

『帝国との戦争、ですか。 いえ、特に心当たりは……』

 俺の思い違いだったか?
 もし帝国が進軍してくるなら国境となっている、すぐそこの山だと予想していたのだが。
 だとしたら残された選択肢は海を越えてくるルートしか無いが、あそこには俺の忠実なる僕、リヴァイアサンことネッシーくんが護っている。
 いくら帝国が血気盛んだとはいえ、わざわざリヴァイアサンを相手取るような真似をするだろうか。

『ですが、一つだけ妙な事が……』

「妙な事?」

『実はこのところ山賊の数が異常に増えているようなのです。 話によると、近隣の村の幾つかはそいつらに占拠されたとか』

「……!」

 このタイミングで山賊の増加と暴徒化、か。
 どうにもキナ臭いな。
 戦争を画策している帝国から逃げてきた帝国民や占拠された村から逃げ延びた村人が暴徒化した、とも考えられるが、メリルを襲った山賊の件もある。
 ここは慎重に慎重を期した方が良いかもしれない。

「リル、そいつらが何者か出来るだけ早く調べろ。 なんだか嫌な予感がする」

『承知いたしました。 では何かわかり次第、ご報告致します』

 そう言い残し、リルは暗闇へと姿を消していった。
 頼んだぞ、影の円卓騎士団シャドウナイツの皆。
 何かが起きる前に。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

異世界バーテンダー。冒険者が副業で、バーテンダーが本業ですので、お間違いなく。

Gai
ファンタジー
不慮の事故によって亡くなった酒樹 錬。享年二十二歳。 酒を呑めるようになった二十歳の頃からバーでアルバイトを始め、そのまま就職が決定していた。 しかし不慮の事故によって亡くなった錬は……不思議なことに、目が覚めると異世界と呼ばれる世界に転生していた。 誰が錬にもう一度人生を与えたのかは分からない。 だが、その誰かは錬の人生を知っていたのか、錬……改め、アストに特別な力を二つ与えた。 「いらっしゃいませ。こちらが当店のメニューになります」 その後成長したアストは朝から夕方までは冒険者として活動し、夜は屋台バーテンダーとして……巡り合うお客様たちに最高の一杯を届けるため、今日もカクテルを作る。 ---------------------- この作品を読んで、カクテルに興味を持っていただけると、作者としては幸いです。

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

弱小テイマー、真の職業を得る。~え?魔物って進化するんですか?~

Nowel
ファンタジー
3年間一緒に頑張っていたパーティを無理やり脱退させられてしまったアレン。 理由は単純、アレンが弱いからである。 その後、ソロになったアレンは従魔のために色々と依頼を受ける。 そしてある日、依頼を受けに森へ行くと異変が起きていて…

異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女

かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!? もふもふに妖精に…神まで!? しかも、愛し子‼︎ これは異世界に突然やってきた幼女の話 ゆっくりやってきますー

処理中です...