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出逢い。それから
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「ぼくもだっこしてください」
執務室に向かう途中の回廊で、アルオに向かって手を伸ばしてきたのは、第一王子だった。腕の中にいるリオンが、不安そうにアルオの服をぎゅっと握った。
「母親にしてもらえ」
ずばっとした否定。けれど第一王子はまるで怯まず、伸ばした手も引っ込めようとはしない。
「いやです。とうさまがいいのです。リオンばかりずるいのです」
馬鹿馬鹿しいとばかりに、アルオは前に立ち塞がる第一王子の横を通り過ぎた。が、おもいっきり服の裾を掴まれた。ぐいぐい引っ張られる。
ぴしっ。
アルオがこめかみに青筋を立てる。察したモンタギューに「子ども相手に本気で切れないで下さいね」とやんわり釘を刺され、アルオは胸中で舌打ちした。
まるで放す様子のない第一王子を横目にアルオは「先に執務室に行ってろ」と、リオンをおろした。リオンが不安な色を宿らせた双眸で見上げてくる。その頭にぽんと手をのせ「すぐに行くからモンタギューと執務室で待っていろ」と、表情を変えることなく言った。
何かをぐっとこらえ、小さく頷くリオンを見届けてから、モンタギューはリオンの手をとり、執務室へと足を向けた。二人の姿が見えなくなってから「いい加減放せ」とアルオは第一王子を振り返った。掴まれた服を引っ張り返す。むろん、手加減はしている。
「いやです。リオンだけとくべつあつかいはおかしいです。するならぼくです。とくべつはぼくです」
きっぱりはっきり宣言する。何の恥ずかしさもなく。まだ一人では何も出来ない、七歳の子どもがだ。
(……なるほどな。報告にあった、甘やかされて育った結果か)
自己中心的で、自分優先。全て自分の思い通りに人は動き、事が運ぶと思い込んでいる。実際、そうなのだろう。だからこそ、自分は特別な存在だと本気で信じている。
アルオは心底呆れ、大きくため息をついた。
「特別かなんだか知らんがな。わたしは弟をいじめる奴は好かんのだ」
「いじめてません」との早すぎる返答に、アルオは僅かに目を吊り上げた。
「嘘をつけ。リオンを突き飛ばして足に怪我をさせただろう。わたしは何でもお見通しだ。残念だったな」
「ほんとうです。だっていじめはいけないことです。でもかあさまも、だれも、ぼくのすることにおこったことがありません。リオンも、ぼくになにをされてもいちどもないたことはありません。きっといたくないのです」
アルオは絶句した。
──痛くない、だと?
驚いたと同時に、ぞっとした。痛くないわけあるか。こいつは、そんなことも分からないのか。──いや、もしかしたら。
(前国王も、兄弟たちも、第七公妾も、こういった思考回路だったのか……?)
衝撃に、めまいすら覚える。第一王子ということは、死なない限り、この子供が王位を継ぐということ。
(わたしとモンタギューが死んだ後の国など知るかと思ってはいたが……いや。わたしが王であるより幾分かはましになるのだろうか)
思案していると、第一王子が不思議そうに口を開いた。
「たしかにぼくがせなかをおしたあと、リオンはうずくまってあしをおさえていましたが、いたいとか、なにもいっていませんでしたよ?」
「──お前は、あいつが声を出せないことを知らないのか」
伝えたところで無駄なのだろう。理解していても、話さずにはいられなかった。
「母親のせいで心が傷付き、声が出せなくなった。だから言わなかったんじゃない。言えなかったのだ」
案の定。第一王子は理解する努力すらせず、頬を膨らませた。
「よくわかりません。もう、リオンのはなしはいいです」
そう言って、また両手を伸ばしてきた。
「とうさま。だっこしてください。ぼくのほうがリオンよりかわいいです」
「…………」
導火線に火がつく一歩手前のアルオは、無言のまま、第一王子に人差し指を静かに向けた。
執務室に向かう途中の回廊で、アルオに向かって手を伸ばしてきたのは、第一王子だった。腕の中にいるリオンが、不安そうにアルオの服をぎゅっと握った。
「母親にしてもらえ」
ずばっとした否定。けれど第一王子はまるで怯まず、伸ばした手も引っ込めようとはしない。
「いやです。とうさまがいいのです。リオンばかりずるいのです」
馬鹿馬鹿しいとばかりに、アルオは前に立ち塞がる第一王子の横を通り過ぎた。が、おもいっきり服の裾を掴まれた。ぐいぐい引っ張られる。
ぴしっ。
アルオがこめかみに青筋を立てる。察したモンタギューに「子ども相手に本気で切れないで下さいね」とやんわり釘を刺され、アルオは胸中で舌打ちした。
まるで放す様子のない第一王子を横目にアルオは「先に執務室に行ってろ」と、リオンをおろした。リオンが不安な色を宿らせた双眸で見上げてくる。その頭にぽんと手をのせ「すぐに行くからモンタギューと執務室で待っていろ」と、表情を変えることなく言った。
何かをぐっとこらえ、小さく頷くリオンを見届けてから、モンタギューはリオンの手をとり、執務室へと足を向けた。二人の姿が見えなくなってから「いい加減放せ」とアルオは第一王子を振り返った。掴まれた服を引っ張り返す。むろん、手加減はしている。
「いやです。リオンだけとくべつあつかいはおかしいです。するならぼくです。とくべつはぼくです」
きっぱりはっきり宣言する。何の恥ずかしさもなく。まだ一人では何も出来ない、七歳の子どもがだ。
(……なるほどな。報告にあった、甘やかされて育った結果か)
自己中心的で、自分優先。全て自分の思い通りに人は動き、事が運ぶと思い込んでいる。実際、そうなのだろう。だからこそ、自分は特別な存在だと本気で信じている。
アルオは心底呆れ、大きくため息をついた。
「特別かなんだか知らんがな。わたしは弟をいじめる奴は好かんのだ」
「いじめてません」との早すぎる返答に、アルオは僅かに目を吊り上げた。
「嘘をつけ。リオンを突き飛ばして足に怪我をさせただろう。わたしは何でもお見通しだ。残念だったな」
「ほんとうです。だっていじめはいけないことです。でもかあさまも、だれも、ぼくのすることにおこったことがありません。リオンも、ぼくになにをされてもいちどもないたことはありません。きっといたくないのです」
アルオは絶句した。
──痛くない、だと?
驚いたと同時に、ぞっとした。痛くないわけあるか。こいつは、そんなことも分からないのか。──いや、もしかしたら。
(前国王も、兄弟たちも、第七公妾も、こういった思考回路だったのか……?)
衝撃に、めまいすら覚える。第一王子ということは、死なない限り、この子供が王位を継ぐということ。
(わたしとモンタギューが死んだ後の国など知るかと思ってはいたが……いや。わたしが王であるより幾分かはましになるのだろうか)
思案していると、第一王子が不思議そうに口を開いた。
「たしかにぼくがせなかをおしたあと、リオンはうずくまってあしをおさえていましたが、いたいとか、なにもいっていませんでしたよ?」
「──お前は、あいつが声を出せないことを知らないのか」
伝えたところで無駄なのだろう。理解していても、話さずにはいられなかった。
「母親のせいで心が傷付き、声が出せなくなった。だから言わなかったんじゃない。言えなかったのだ」
案の定。第一王子は理解する努力すらせず、頬を膨らませた。
「よくわかりません。もう、リオンのはなしはいいです」
そう言って、また両手を伸ばしてきた。
「とうさま。だっこしてください。ぼくのほうがリオンよりかわいいです」
「…………」
導火線に火がつく一歩手前のアルオは、無言のまま、第一王子に人差し指を静かに向けた。
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