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王への道のり

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「……なるほど。ここまで馬鹿だと、いっそ清々しいな」

 アルオは一つため息をつくと、掌から赤い炎を生み、空で円を描いた。すると、王族たちの周りをぐるりと囲むように、火の壁ができた。

「きゃあああ!!」

「な、何の真似だ!」

 騒ぐ王族たちを無視し、アルオは振り返り「こいつらを守りたい者は前に出ろ」と、背後に並ぶ大勢の臣下たちに言った。

「わたしよりも、こいつらを選ぶというのなら、わたしはこいつらを殺さない。そしてわたしはこの国を見棄てる。好きにするがいい」

 臣下たちは戸惑ったように目線をさ迷わせるだけで、何も話さない。動かない。

「──反逆者だ! 余が許す! こいつを殺せ!!」

 火の中からアルオを指差し、王が叫ぶ。それでも臣下の誰もその場から動こうとしない。「余の命令が聴こえぬのか!?」と、目を血走らせながら更に重ねるが、結果は同じだった。

「──お前たちの王の命令だぞ。従わないのか?」

 静かな問い掛けにも誰も応じず、アルオはもう一度「一歩でいい。前に出ろ。でなければこいつらを焼き殺すぞ」と、先程よりも大きな声を投げ掛けた。

 ひいっ。
 王族側から、複数の悲鳴が上がる。

「陛下が死んでもよいのですか?!」

「命をとして王を守るのが臣下の役目でしょう!?」

 公妾たちも騒ぎはじめ、アルオはだんだん苛つきはじめていた。

「──誰でもいい! 前に出ろ!!」

 誰か一人でもいい。国王を選べ。アルオは心から願い、叫ぶ。だが。

 ざっ。

 王族以外のみなが、膝をついた。アルオに頭を垂れる。前に出る者は、一人もいなかった。臣下たちがアルオを王と認めた瞬間だった。

「き、貴様ら……っ!」

 国王が顔を真っ赤にしながら憤慨する。

 アルオは「残念だ」と舌打ちし、王族たちへと向き直った。右掌をかざす。炎の威力が上がった。さすがの国王も、焦ったようにアルオに懇願しはじめた。

「ま、待て! 赦す! 投獄はなしにしてやる! これでよいのだろう?!」

「……モンタギューの死刑は?」

「わ、分かった。特別に、罪には問わん。だから早くここから出せ。お前とて、父を殺したくはないのであろう?」

 先ほどまでの威勢は何処へやら。急にしおらしくなった王から目を逸らさないまま、アルオは火の魔法を解いた。

 王族たちが、ほっとしたように次々に膝をついていく。王は震える膝を石床につき、顔を伏せた。見下ろされている。理解して、王は屈辱からぎりっと唇を噛んだ。

 ──ふざけるな。余が、この世で一番偉い余が、どうしてこんな扱いを受けなければならない。殺してやる。全員、殺してやる。余の命令に従わなかった臣下も、目の前の偉そうな男も、全てだ。

 王は項垂れたまま、懐から懐剣を取り出した。怒りに血管をふくらませ、端正な顔を鬼のような形相に変えながら立ち上がり、剣先をアルオに向けて走った。だが、アルオの背後から風のように現れたモンタギューの剣にあっけなく振り払われ、それは小さな金属音を鳴らしながら、石床に落ちた。

「……お前は本当に、救いようがないな」

 アルオは呆れたように吐き捨て、再び火の壁で王族を覆った。

「そうそう。勘違いをしないでほしいのだが、わたしが残念だと言ったのは、この国を見棄てる機会を失ったことに対してだ。誰か一人でもお前たちを選んでいれば、何の未練もなく、晴れてこの国を棄てることができたのにな」

 威力を増した炎が、円を徐々に小さくしていき、王族が中央に集まっていく。国王も慌ててそこに駆け寄りながら「──実の父を殺すつもりか!!」と、掠れた声で叫んだ。

 アルオは思わず、鼻で嗤ってしまった。

「父? 面白い冗談だ。炎で消し炭にしてやる。骨も残してやるものか」

 一番外側にいた第三王子の服に炎が燃え移る。母親に助けを求めるが、母親はパニック状態で、気付きもしない。国王が「余を、余を守れ!」と公妾たちの服を掴む。その手は振り払われ、やがて逃げ場をなくした炎の柱で、幾重もの悲鳴が響いた。

 熱い。助けて。懇願する声。

 けれど誰も、一歩も動かなかった。臣下たちは頭を垂れたまま。一度火の壁を解いた時すら、臣下は微動だにしなかった。こうなることを予想していたかのように。

 衣食住。全てに贅を尽くしていた王。臣下に対する情などなく、民と領土をあっさりと差し出し、自分たちだけ助かろうとした王族。臣下はすでに、王たちを見限っていた。

 圧倒的な力を持つ第五王子に対する恐怖心はある。だが、王子は魔王と闘ってくれた。城に戻ってきてくれた。おそらく、九代目国王がもう少しまともな為政者だったのなら、選択の機会すら与えず、そのまま国を棄てていたのではないだろうか。そんな風に思えてならない。

 第五王子の力は確かに恐ろしい。けれど、臣下が王と認めたのは、それだけではない。

 ──そんな胸の内など、知るはずもなく。

 さすがにやりすぎなのでは。
 ここまでせずとも。

 幻聴か、自身の心の声か。何処からか漏れ聞こえてくる声に、アルオは拳を強く震わせていた。

 どこがだ、と。

 例えば身一つで追い出したとしても、腐った性根のこいつらは、何をしでかすか分かったものじゃない。力を得れば、まず間違いなく復讐にくるだろう。そして真っ先に狙われるのは。

(わたしか──モンタギューだろうな)

 ふざけるな。これ以上家族を奪われてたまるか。可能性がある以上、生かしてはおけない。

 アルオは燃える火の傍に立っていた。人の焼ける独特の臭い。飛び散る火の粉が肌に触れる。それでもアルオは、悲鳴のやんだゆらゆらと揺れる炎を見詰めていた。

「……わたしは何か、間違っているか」

 背後にいるモンタギューにしか聞こえないほどの、小さな呟き。

 いいえ。
 モンタギューが応える。

「間違っているものがあるとすれば、この世界そのものです。もしあなたのこの行為を非難する者があれば、私が切りすてます」

 そうか。
 アルオは小さく、どこか哀しげに笑った。


 ──その日。

 歴代で最も幼い、十代目国王が誕生した。
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