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こぼれ話~小瀬野の視点~
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それは、璃空が前原とはじめて居酒屋に呑みに行った夜のこと。
「ゆーとは?」
「だからここにはいねーって、さっきから言ってんだろ」
日付が変わるころ。
店内がひときわ騒がしくなる中。目をとろんとさせ、璃空が隣に座る小瀬野に尋ねる。これで三度目。全く同じ質問に、小瀬野が苛つきながら応える。
「大体、ゆーとって誰だよ。お前の弟かなんかか?」
「おとーとは、りお」
まるで幼児みたいな口調だ。呑む前はわりとしっかりしている印象だったのに。調子にのって呑ませ過ぎてしまったのだろうか。
(つっても、そんな呑ませてねーはずなんだけどな。酒弱いな、こいつ)
「ゆーとは?」
「あーもう、しつけえな。つか、まさかゆーとって、お前の恋人だったりしねえよな?」
顔を近付け、口角を上げる。ゆーととは、おそらく男の名前だろう。からかいまじりに尋ねると、璃空は「そう」と応えた。予想外のことに、小瀬野は絶句した。
(……こいつ、ホモだったのか。はじめて会ったわ)
気持ちわりい。
慌てて距離をとる。璃空はうつらうつらしはじめ、机に突っ伏した。それを、隣の机に肘を付きながら眺めていると、ふいにある名前が脳裏を過った。
「──なあ。ゆーとって、オレらと同じ大学にいる佐伯優斗のことじゃねえよな」
璃空はうっすら目を開け「さえきゆーとだよ」と言い、再び目を閉じた。小瀬野はひっくり返りそうになった。
(……マジかよ。あいつ、ホモだったのか)
だから妹をフッたのか?
黙考していると、前の席に座る彼女から声をかけられた。
「ねえ、前原くんもつぶれそう。どうする?」
「え? ああ……もう帰るか」
同じくうつらうつらする前原に視線を向け、小瀬野が言うと、彼女は「そだね」と苦笑した。二人ともに酔ってしまっている後輩を放って帰ることも、そのまま自分たちだけで呑み続けることも、流石に悪い気がした。少しとはいえ、呑ませたのは、紛れもなく自分たちだから。
彼女が「もう帰るよ」と、前原の肩を叩く。小瀬野は璃空の身体を揺さぶったが、起きる気配はない。幸い、意識を取り戻した前原が「起きろぉぉ」と、璃空の頭を遠慮なくばんばん叩くが、璃空は唸るだけで、目を覚まさない。
何とか会計を済ませ、居酒屋の前でタクシーを待つ四人。前原が璃空の右腕を肩にまわし、何とか支えているが、フラフラしている。それを後ろから見詰める小瀬野と彼女。
「フラフラだね。ちゃんと家まで帰れるかな」
「だな」
彼女が「それで、今日はどっちの家にする?」と、隣に立つ小瀬野を見上げた。小瀬野は前に立つ二人を見ながら「あー……」と、一呼吸置いてから口を開いた。
「悪い。今日は止めとくわ」
予想外の答えに「はあ? 何でよ」と、彼女が少し声を荒げる。小瀬野は一歩前に出て、璃空に親指を向けた。
「こいつ、オレんち連れて行くわ。前原も、人を介抱してる余裕なさそうだし」
意外にも納得の理由に、彼女は「ふうん」と怒りをおさめた。璃空と前原を交互に見る。前原は今にも璃空を地面に落としそうな勢いだ。
「んー、確かにそうかも。でも、女の子ならともかく、珍しいね。あんたなら、今日はじめて会った男なんか、そのへんに捨てていきそうなのに」
「どんなイメージだよ。流石にそこまでひどくねーわ」
彼女に「ほんとに? 引き受けたからには、ちゃんと責任持ちなよ?」と、じとっと疑いの眼差しを向けられる。
「……分かってるよ」
言ってしまってから、小瀬野も思った。
──確かに、らしくねえかもな。
「ゆーとは?」
「だからここにはいねーって、さっきから言ってんだろ」
日付が変わるころ。
店内がひときわ騒がしくなる中。目をとろんとさせ、璃空が隣に座る小瀬野に尋ねる。これで三度目。全く同じ質問に、小瀬野が苛つきながら応える。
「大体、ゆーとって誰だよ。お前の弟かなんかか?」
「おとーとは、りお」
まるで幼児みたいな口調だ。呑む前はわりとしっかりしている印象だったのに。調子にのって呑ませ過ぎてしまったのだろうか。
(つっても、そんな呑ませてねーはずなんだけどな。酒弱いな、こいつ)
「ゆーとは?」
「あーもう、しつけえな。つか、まさかゆーとって、お前の恋人だったりしねえよな?」
顔を近付け、口角を上げる。ゆーととは、おそらく男の名前だろう。からかいまじりに尋ねると、璃空は「そう」と応えた。予想外のことに、小瀬野は絶句した。
(……こいつ、ホモだったのか。はじめて会ったわ)
気持ちわりい。
慌てて距離をとる。璃空はうつらうつらしはじめ、机に突っ伏した。それを、隣の机に肘を付きながら眺めていると、ふいにある名前が脳裏を過った。
「──なあ。ゆーとって、オレらと同じ大学にいる佐伯優斗のことじゃねえよな」
璃空はうっすら目を開け「さえきゆーとだよ」と言い、再び目を閉じた。小瀬野はひっくり返りそうになった。
(……マジかよ。あいつ、ホモだったのか)
だから妹をフッたのか?
黙考していると、前の席に座る彼女から声をかけられた。
「ねえ、前原くんもつぶれそう。どうする?」
「え? ああ……もう帰るか」
同じくうつらうつらする前原に視線を向け、小瀬野が言うと、彼女は「そだね」と苦笑した。二人ともに酔ってしまっている後輩を放って帰ることも、そのまま自分たちだけで呑み続けることも、流石に悪い気がした。少しとはいえ、呑ませたのは、紛れもなく自分たちだから。
彼女が「もう帰るよ」と、前原の肩を叩く。小瀬野は璃空の身体を揺さぶったが、起きる気配はない。幸い、意識を取り戻した前原が「起きろぉぉ」と、璃空の頭を遠慮なくばんばん叩くが、璃空は唸るだけで、目を覚まさない。
何とか会計を済ませ、居酒屋の前でタクシーを待つ四人。前原が璃空の右腕を肩にまわし、何とか支えているが、フラフラしている。それを後ろから見詰める小瀬野と彼女。
「フラフラだね。ちゃんと家まで帰れるかな」
「だな」
彼女が「それで、今日はどっちの家にする?」と、隣に立つ小瀬野を見上げた。小瀬野は前に立つ二人を見ながら「あー……」と、一呼吸置いてから口を開いた。
「悪い。今日は止めとくわ」
予想外の答えに「はあ? 何でよ」と、彼女が少し声を荒げる。小瀬野は一歩前に出て、璃空に親指を向けた。
「こいつ、オレんち連れて行くわ。前原も、人を介抱してる余裕なさそうだし」
意外にも納得の理由に、彼女は「ふうん」と怒りをおさめた。璃空と前原を交互に見る。前原は今にも璃空を地面に落としそうな勢いだ。
「んー、確かにそうかも。でも、女の子ならともかく、珍しいね。あんたなら、今日はじめて会った男なんか、そのへんに捨てていきそうなのに」
「どんなイメージだよ。流石にそこまでひどくねーわ」
彼女に「ほんとに? 引き受けたからには、ちゃんと責任持ちなよ?」と、じとっと疑いの眼差しを向けられる。
「……分かってるよ」
言ってしまってから、小瀬野も思った。
──確かに、らしくねえかもな。
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