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番外編②
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八月中旬。
お盆だからか。
電車の中はほとんど満員に近かった。
二回目の乗り換えの電車に乗ると、璃空は息を吐いた。あとは一時間ほどこの電車に乗れば、実家の最寄り駅に着く。
璃空はリュックを前に抱え、ドア付近にいた。電車が揺れ、ドアに額が軽くぶつかった。少しドアから離れたいが、あいにく後ろにそんなスペースはない。
そんな中。
十分ほど経ったころ。璃空は何か、違和感を覚えた。
(お尻に誰かの鞄が当たってるな)
こんなに混んでいるなら仕方ないが、やはり気分がいいものではない。早く気付いて、どけてほしい。そんなぐらいに考えていた。
だが。
(……違う。これ、指?)
指を一本一本、ばらばらに動かしながらお尻をはい回っている感触がする。
気付き、ぞっとした。
痴漢?
いや、まさか。
平均より小さいとはいえ、璃空もそれなりに背丈はある。まして女と間違えられたことなんて一度もない。
あり得ない。
男で、ましてこんな平凡な自分が──。
思った瞬間、湿り気を帯びた大きな手で口を突然塞がれた。
「──うぐっ!」
何が起こったのか、理解できなかった。頭はパニック状態のまま。くぐもった声を上げながら、口を塞ぐ手を引き剥がそうとし、反射的にリュックから両手を放した。
どさっ。
僅かにあった隙間にリュックが落ちる。
璃空の注意がリュックに注がれたのを見越したのか、男は慣れた手つきで璃空のズボンのボタンを片手で器用に外し、チャックを下げた。驚く間もなく下着の中に手を入れられる。
「……っ!!」
ぞわっ。
全身に鳥肌が立っていくのが分かった。
下着の中の手が蠢く。恐怖と嫌悪感から、余計に力が入らない。
口を塞ぐ手。背中に密着する身体。耳にかかる、興奮した男の息遣い。何より、下着の中で這いずりまわる誰とも知れぬ気味の悪い手。
「ふ、う……うっっ」
ふいに、胃から食べたものが逆流してくる感じがした。気持ちの悪さが加速する。
気持ち良さなど欠片もない。ただ無理やりに勃たされる。
──数分後。
射精した璃空の下着から手を出すと、男は璃空のズボンのボタンとチャックを元通りにした。
電車が停車する。璃空は咄嗟に降りようとしたが、男の方が素早く降りたので、踏み止まった。
他の乗客も、次々に降りていく。璃空はドア付近の手すりに掴まり、半ば茫然としていた。
いまだに何が起こったのか。
何をされたのか。
頭では分かっていても、心が追い付いていない状態だった。
電車のドアが閉まりはじめる。ふと目線をそちらに向けると、ドアの向こう側で璃空を見つめる中年の男がいた。髭を無造作に伸ばした男はニイッと不気味に口角を上げると、璃空に見せつけるように右手を上げた。
そして。
「ひ……っ」
璃空はひきつった声を上げた。男が、右手についたどろっとした白濁したものをべろりと舐めたからだ。
ドアは閉まり、電車が動き出す。
男の姿は、もう見えなくなった。
お盆だからか。
電車の中はほとんど満員に近かった。
二回目の乗り換えの電車に乗ると、璃空は息を吐いた。あとは一時間ほどこの電車に乗れば、実家の最寄り駅に着く。
璃空はリュックを前に抱え、ドア付近にいた。電車が揺れ、ドアに額が軽くぶつかった。少しドアから離れたいが、あいにく後ろにそんなスペースはない。
そんな中。
十分ほど経ったころ。璃空は何か、違和感を覚えた。
(お尻に誰かの鞄が当たってるな)
こんなに混んでいるなら仕方ないが、やはり気分がいいものではない。早く気付いて、どけてほしい。そんなぐらいに考えていた。
だが。
(……違う。これ、指?)
指を一本一本、ばらばらに動かしながらお尻をはい回っている感触がする。
気付き、ぞっとした。
痴漢?
いや、まさか。
平均より小さいとはいえ、璃空もそれなりに背丈はある。まして女と間違えられたことなんて一度もない。
あり得ない。
男で、ましてこんな平凡な自分が──。
思った瞬間、湿り気を帯びた大きな手で口を突然塞がれた。
「──うぐっ!」
何が起こったのか、理解できなかった。頭はパニック状態のまま。くぐもった声を上げながら、口を塞ぐ手を引き剥がそうとし、反射的にリュックから両手を放した。
どさっ。
僅かにあった隙間にリュックが落ちる。
璃空の注意がリュックに注がれたのを見越したのか、男は慣れた手つきで璃空のズボンのボタンを片手で器用に外し、チャックを下げた。驚く間もなく下着の中に手を入れられる。
「……っ!!」
ぞわっ。
全身に鳥肌が立っていくのが分かった。
下着の中の手が蠢く。恐怖と嫌悪感から、余計に力が入らない。
口を塞ぐ手。背中に密着する身体。耳にかかる、興奮した男の息遣い。何より、下着の中で這いずりまわる誰とも知れぬ気味の悪い手。
「ふ、う……うっっ」
ふいに、胃から食べたものが逆流してくる感じがした。気持ちの悪さが加速する。
気持ち良さなど欠片もない。ただ無理やりに勃たされる。
──数分後。
射精した璃空の下着から手を出すと、男は璃空のズボンのボタンとチャックを元通りにした。
電車が停車する。璃空は咄嗟に降りようとしたが、男の方が素早く降りたので、踏み止まった。
他の乗客も、次々に降りていく。璃空はドア付近の手すりに掴まり、半ば茫然としていた。
いまだに何が起こったのか。
何をされたのか。
頭では分かっていても、心が追い付いていない状態だった。
電車のドアが閉まりはじめる。ふと目線をそちらに向けると、ドアの向こう側で璃空を見つめる中年の男がいた。髭を無造作に伸ばした男はニイッと不気味に口角を上げると、璃空に見せつけるように右手を上げた。
そして。
「ひ……っ」
璃空はひきつった声を上げた。男が、右手についたどろっとした白濁したものをべろりと舐めたからだ。
ドアは閉まり、電車が動き出す。
男の姿は、もう見えなくなった。
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