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番外編①
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「あのあと、どうなった?」
午後十二時過ぎ。
昼休みになると同時に、璃空は急いで家に向かった。
あの朝の騒ぎのあとすぐに、優斗から「もう大丈夫だよ」との連絡をもらったが、やはり直接話しが聞きたかった。
急ぎ過ぎたのか。優斗が帰ってきたのは、璃空の帰宅の十分後だった。
優斗が玄関のドアを開けるなり、璃空はつめより、訊ねた。
優斗は少し驚いたあと、にっこり笑った。
「妹のためにと思ってやったけど、そうじゃなかった。悪かったって言ってたよ」
何故だか本当のことを語る気になれない優斗は「璃空のために」を「妹のために」に変えてみた。
何だそれ。
璃空は疑うことなくそれを信じ、呆れたように吐き捨てた。
「妹さん、泣いてたじゃん。あいつの思考回路、訳わかんないな」
「そうだね。だからもう、近付いたら駄目だよ」
「そうしたいけど……脅されたりしたらどうしよう」
怯え、俯く璃空。その頭を、優斗は優しく撫でた。
「大丈夫だよ。きちんと誠意を持って話したら、分かってくれたから」
しれっと優斗が答える。
綺麗に微笑みながら。
「ほんと? おれたちのこと、誰にも言わないって約束してくれたの?」
「もちろん。だから安心していいよ」
おお。
璃空はキラキラと、尊敬の眼差しを向けた。
「全然理解してくれなさそうな人だったのに。優斗はすごいな」
優斗を疑うということを、璃空は知らない。心底安心した璃空の中で、この件はめでたく終わりを迎えたのだった。
「そういや、朝イチで前原をしめたんだけど。前原がおれをあいつに押し付けたわけじゃなかったんだって。あいつ、嘘ばっかりだったな」
あ。
優斗は、はたと口を小さく開けた。
──そう言えば。前原くんのこと、伝えるの忘れてたな。
「そうだね」
笑いながら、優斗は心の中で前原に謝罪した。
深夜一時半過ぎ。
恒例のお迎えに来てくれた優斗と共に帰宅した璃空は、ベッドにダイブした。この生活に慣れたとはいえ、学校終わりの深夜までのバイトはやはり疲れる。
「今日はどうする? お風呂? シャワー?」
優斗が璃空の着替えとタオルを用意しながら問う。璃空が「シャワーでいい」と答えると、優斗は「ほら、おいで」と手を伸ばした。
すかさず手を伸ばす璃空。引き寄せられ、首にしがみつくと、抱き上げられた。そのままお風呂場に連れて行かれる。
「……お風呂、めんどくさい」
「入れてあげようか?」
少し悩んだが、もうすでにお風呂に入った様子の優斗に申し訳ないなと思い、首を左右にふった。
膝を抱えた璃空を前に、これまた恒例となったドライヤーかけをする優斗。
すでに眠気の限界にきている璃空は、船をこぎはじめている。
「……眠い」
「もうちょっと。あと少しで乾くから」
はい、終わり。
優斗はドライヤーのスイッチを切った。
「ありがとー……」
ばふっ。
璃空がベッドに横になる。
布団をかけながら「おやすみ」と優斗が囁く。
「……優斗は?」
「ん? 俺も、もう寝るよ」
そう。
安心したように、璃空は目を閉じた。数秒と経たずに、寝息が聞こえはじめる。
電気を消そうと立ち上がると、璃空が壁の方へ寝返りをうった。優斗は無言でベッドのわきに膝をつくと、璃空の後ろ髪をそっと上げた。
あらわになったのは。
うなじにある内出血。
というよりこれは。
──キスマーク。
見つけたのは、昨日のこと。璃空と一緒にお風呂に入った時だ。
優斗は、こんな場所につけた覚えはない。見つけた優斗が固まっていると、璃空は不思議そうに「何かついてる?」と訊ねてきた。反応からして、璃空すら把握してないようだ。
考えられるのは、あの男。
でも、理由は?
抱かれたと、璃空により思い込ませるためか。なら見えないところにつけても、意味がないのではないか。
もしくは。
(──俺に見せつけるため?)
いや。だとしたら、もっと分かりやすいところにつけるはずだろう。わざわざ髪で隠れるところにつける意味が分からない。
それに。
(……俺が璃空に本気じゃないと思っていたから、こんなことをしたはず)
これではただの──。
「……ん」
小さな声に、思わず髪を上げていた手を放す。見ると、璃空の手が何かを探すように左右に動いていた。
優斗は口元を緩め、その手をそっと上から包み込むように握った。
璃空は安心したように、また寝息をたてはじめた。その寝顔を、じっと見つめる。
(──妹と、重ねていたんだろうか)
それとも。
惹かれていたんだろうか。
璃空に。
──無自覚に。
握った右手はそのままに。
優斗は璃空の後ろ髪を左手で上げ、うなじを露にした。
そして。
上書きするように、そっと。
何度もそこに、口付けた。
午後十二時過ぎ。
昼休みになると同時に、璃空は急いで家に向かった。
あの朝の騒ぎのあとすぐに、優斗から「もう大丈夫だよ」との連絡をもらったが、やはり直接話しが聞きたかった。
急ぎ過ぎたのか。優斗が帰ってきたのは、璃空の帰宅の十分後だった。
優斗が玄関のドアを開けるなり、璃空はつめより、訊ねた。
優斗は少し驚いたあと、にっこり笑った。
「妹のためにと思ってやったけど、そうじゃなかった。悪かったって言ってたよ」
何故だか本当のことを語る気になれない優斗は「璃空のために」を「妹のために」に変えてみた。
何だそれ。
璃空は疑うことなくそれを信じ、呆れたように吐き捨てた。
「妹さん、泣いてたじゃん。あいつの思考回路、訳わかんないな」
「そうだね。だからもう、近付いたら駄目だよ」
「そうしたいけど……脅されたりしたらどうしよう」
怯え、俯く璃空。その頭を、優斗は優しく撫でた。
「大丈夫だよ。きちんと誠意を持って話したら、分かってくれたから」
しれっと優斗が答える。
綺麗に微笑みながら。
「ほんと? おれたちのこと、誰にも言わないって約束してくれたの?」
「もちろん。だから安心していいよ」
おお。
璃空はキラキラと、尊敬の眼差しを向けた。
「全然理解してくれなさそうな人だったのに。優斗はすごいな」
優斗を疑うということを、璃空は知らない。心底安心した璃空の中で、この件はめでたく終わりを迎えたのだった。
「そういや、朝イチで前原をしめたんだけど。前原がおれをあいつに押し付けたわけじゃなかったんだって。あいつ、嘘ばっかりだったな」
あ。
優斗は、はたと口を小さく開けた。
──そう言えば。前原くんのこと、伝えるの忘れてたな。
「そうだね」
笑いながら、優斗は心の中で前原に謝罪した。
深夜一時半過ぎ。
恒例のお迎えに来てくれた優斗と共に帰宅した璃空は、ベッドにダイブした。この生活に慣れたとはいえ、学校終わりの深夜までのバイトはやはり疲れる。
「今日はどうする? お風呂? シャワー?」
優斗が璃空の着替えとタオルを用意しながら問う。璃空が「シャワーでいい」と答えると、優斗は「ほら、おいで」と手を伸ばした。
すかさず手を伸ばす璃空。引き寄せられ、首にしがみつくと、抱き上げられた。そのままお風呂場に連れて行かれる。
「……お風呂、めんどくさい」
「入れてあげようか?」
少し悩んだが、もうすでにお風呂に入った様子の優斗に申し訳ないなと思い、首を左右にふった。
膝を抱えた璃空を前に、これまた恒例となったドライヤーかけをする優斗。
すでに眠気の限界にきている璃空は、船をこぎはじめている。
「……眠い」
「もうちょっと。あと少しで乾くから」
はい、終わり。
優斗はドライヤーのスイッチを切った。
「ありがとー……」
ばふっ。
璃空がベッドに横になる。
布団をかけながら「おやすみ」と優斗が囁く。
「……優斗は?」
「ん? 俺も、もう寝るよ」
そう。
安心したように、璃空は目を閉じた。数秒と経たずに、寝息が聞こえはじめる。
電気を消そうと立ち上がると、璃空が壁の方へ寝返りをうった。優斗は無言でベッドのわきに膝をつくと、璃空の後ろ髪をそっと上げた。
あらわになったのは。
うなじにある内出血。
というよりこれは。
──キスマーク。
見つけたのは、昨日のこと。璃空と一緒にお風呂に入った時だ。
優斗は、こんな場所につけた覚えはない。見つけた優斗が固まっていると、璃空は不思議そうに「何かついてる?」と訊ねてきた。反応からして、璃空すら把握してないようだ。
考えられるのは、あの男。
でも、理由は?
抱かれたと、璃空により思い込ませるためか。なら見えないところにつけても、意味がないのではないか。
もしくは。
(──俺に見せつけるため?)
いや。だとしたら、もっと分かりやすいところにつけるはずだろう。わざわざ髪で隠れるところにつける意味が分からない。
それに。
(……俺が璃空に本気じゃないと思っていたから、こんなことをしたはず)
これではただの──。
「……ん」
小さな声に、思わず髪を上げていた手を放す。見ると、璃空の手が何かを探すように左右に動いていた。
優斗は口元を緩め、その手をそっと上から包み込むように握った。
璃空は安心したように、また寝息をたてはじめた。その寝顔を、じっと見つめる。
(──妹と、重ねていたんだろうか)
それとも。
惹かれていたんだろうか。
璃空に。
──無自覚に。
握った右手はそのままに。
優斗は璃空の後ろ髪を左手で上げ、うなじを露にした。
そして。
上書きするように、そっと。
何度もそこに、口付けた。
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