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 ゆっくり顔を上げる。

 優斗の視線とぶつかる。

 ああ、髪が少し伸びたんだ。

 込み上げる熱さを呑み込みながら、そんなことを思った。

 優斗が言う前に、言ってしまおう。

 璃空は息を吸い込んだ。

 ああ。これで、終わるんだな。

 もうとっくに分かっていることを思った。

「今までありがとう、優斗。さよなら」

 優斗の顔が、口が歪む。傷つけたと。そう思っているのだろうか。

 仕方のないことだ。心だけは、自分でもどうにもならない。だから、気に病むことなんてなにもない。

 気にする必要なんてないんだよ。

「おれ、バイトあるから。もう行くよ」

 少しだけ笑って見せると、優斗に背を向け、ゆっくり階段を下った。

 ほんの少しの揺らぎで、泣きそうだった。この状態で前原のところになど戻れない。

 その背に、優斗がためらいがちに声をかけた。

「一つだけ、聞いていいかな」

「なに?」

 階段を降りきり、アパートを囲うひび割れたブロック塀の近く。振り返らず答える。

 優斗は璃空の背後、少し離れた位置に立った。

「今、幸せ?」

 それは本当に、思いもかけない問いで。
 そして、あまりに残酷な質問だった。

 幸せ? そんなわけない。
 優斗を失ってから、心は冷え切ったまま。
 優斗の面影ばかりを探しては、いつも泣いている自分がいる。

 幸せだなんて、嘘でも口にはできない。

 でもきっと、優斗が望む答えは肯定だ。優斗を思うなら、そうだと言うべきなのだ。分かっているのに、言葉が出てこない。振り向けない。

 沈黙を破ったのは、優斗だった。

「……前原くん、だっけ。ちゃんと優しい?」

 何故そんなことを聞くのか。

 今。
 この時。
 前原の名前が出ることの意味が分からなかった。

「――付き合って、いるんだよね?」

 刹那、時が止まる。

 呼吸すら、止まったような。

 璃空はゆっくり、優斗を振り返った。その表情は、真剣そのもので。からかいなど、微塵も感じられなかった。

 でも。だからこそ優斗が何を言っているのか、分からなかった。

(……付き合ってる? 前原と? おれが?)

 そんな風に見ていたなんて、夢にも思わなかった。頭の中は、ずっと優斗のことばかり。夢でもいいから逢いたいなんて馬鹿なこと、もう何度も考えた。


 思い出に縋りながら生きる自分のことを、優斗はそんな風に見ていたのか。
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