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『小学生のうちは、まともな本を読むべきだと思います』
名前も顔も知らない、誰かの母親。
璃空がまだ、小学5年の時。
夏休みに入ったばかりの、7月。
雲一つない空。
じりじりと全身を照り付ける光。
璃空は教室に忘れ物をしたことを思い出し、一人学校に向かった。先生から教室の鍵を貸してもらうために、職員室に入った時のこと。
びくっとした。
職員室に響いた、静かな、けれど強い意志を込めた声に。
声がした方に目線を向ける。
そこには衝立があり、姿を見ることは叶わなかったが、声は聞こえた。
はっきりと。
『娘が借りてきた本です。男性同士がキスをしているような汚らわしい本を、なぜ学校の図書館に置いておくのですか?』
応対する男性教諭は、しどろもどろになりながらも、必死に答えていた。
これは児童文学に指定されているもので、世間的にも評価されているはずです。お読みになれば、きっと。
そこで、どこかの母親は声を挟んだ。
『男性同士で口づけをしている時点で、どんなにその本が素晴らしかろうと、それはただのホモ小説です。この学校は、同性愛をすすめようとしているのですか? ああ、考えただけで気分が悪い。吐き気がします。気持ち悪いったら』
璃空は擦りガラス越しに、その母親の言葉を聞いていた。すぐに先生に鍵を渡され、職員室を追い出されはしたけど。
顔も知らない誰かの母親の言葉は、璃空の奥深くに棘のように刺さった。
すぐに忘れてしまったけれど。
それは忘れていただけで、ずっと刺さっていたのだ。
痛みを思い出したのは、高校1年の時。
男の人を、はじめて意識した日。
学校の図書館という場所は、あの母親の言葉を思い出させる。
間違ってはいないのだろう。男は女に。女は男に恋をする。そして、キスをする。
それが普通だ。
同性同士のキスは、異常なのだ。
少なくとも、あの母親にとっては。
ではその娘とやらが、女の人を好きになったらどうするのだろう。汚らわしいと同じように罵るのだろうか。
それとも、娘のことは別だとでもいい、認めるのだろうか。
聞いてみたい。
ただ純粋に、どう考えるのかあの母親に聞いてみたい気もした。
その母親のもと、娘はどう育つのだろう。母親の教えに従い、同性愛を嫌悪するようになのだろうか。
それは分からないけれど。
でも。こうして、様々なことが受け継がれていくのだと思った。
いいことも、悪いことも。
差別や偏見を教えるのも、いつだって大人なんだと。
そんな風に考えた、高1の夏。
棘は今も、刺さったままだ。
名前も顔も知らない、誰かの母親。
璃空がまだ、小学5年の時。
夏休みに入ったばかりの、7月。
雲一つない空。
じりじりと全身を照り付ける光。
璃空は教室に忘れ物をしたことを思い出し、一人学校に向かった。先生から教室の鍵を貸してもらうために、職員室に入った時のこと。
びくっとした。
職員室に響いた、静かな、けれど強い意志を込めた声に。
声がした方に目線を向ける。
そこには衝立があり、姿を見ることは叶わなかったが、声は聞こえた。
はっきりと。
『娘が借りてきた本です。男性同士がキスをしているような汚らわしい本を、なぜ学校の図書館に置いておくのですか?』
応対する男性教諭は、しどろもどろになりながらも、必死に答えていた。
これは児童文学に指定されているもので、世間的にも評価されているはずです。お読みになれば、きっと。
そこで、どこかの母親は声を挟んだ。
『男性同士で口づけをしている時点で、どんなにその本が素晴らしかろうと、それはただのホモ小説です。この学校は、同性愛をすすめようとしているのですか? ああ、考えただけで気分が悪い。吐き気がします。気持ち悪いったら』
璃空は擦りガラス越しに、その母親の言葉を聞いていた。すぐに先生に鍵を渡され、職員室を追い出されはしたけど。
顔も知らない誰かの母親の言葉は、璃空の奥深くに棘のように刺さった。
すぐに忘れてしまったけれど。
それは忘れていただけで、ずっと刺さっていたのだ。
痛みを思い出したのは、高校1年の時。
男の人を、はじめて意識した日。
学校の図書館という場所は、あの母親の言葉を思い出させる。
間違ってはいないのだろう。男は女に。女は男に恋をする。そして、キスをする。
それが普通だ。
同性同士のキスは、異常なのだ。
少なくとも、あの母親にとっては。
ではその娘とやらが、女の人を好きになったらどうするのだろう。汚らわしいと同じように罵るのだろうか。
それとも、娘のことは別だとでもいい、認めるのだろうか。
聞いてみたい。
ただ純粋に、どう考えるのかあの母親に聞いてみたい気もした。
その母親のもと、娘はどう育つのだろう。母親の教えに従い、同性愛を嫌悪するようになのだろうか。
それは分からないけれど。
でも。こうして、様々なことが受け継がれていくのだと思った。
いいことも、悪いことも。
差別や偏見を教えるのも、いつだって大人なんだと。
そんな風に考えた、高1の夏。
棘は今も、刺さったままだ。
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