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「朝比奈って、女にあまいよな」

 じとっと、前原が恨めしそうに璃空を見る。

「そうか?」

「そうだよ。オレにももっと、優しくしてくれ」

「してるだろ。実はおれ、お前に一番甘い気がする」

「何言っちゃってんの? 昨日、廊下歩いてる時にいきなりオレの背中を思いっきり平手で叩いたのは誰?」

「あー……」

 昨日の自分の思考を思い出す。

 教室を移動するため、渡り廊下を前原と二人で歩いていると、人目もはばからず、イチャつくカップルがいた。

 渡り廊下の、ちょうど中央。

 一応端には寄っていたが、見せつけていることは明白。

 璃空は素直にムカついた。
 前原は羨ましそうに見ていた。

 自分と違い、満たされている二人。

 それはいい。別にいい。

 自分が幸せだった時、絶望のどん底にいた人もきっといるだろう。だが、見せつけられるのは不快だ。笑って見過ごせるほど、今の璃空に心の余裕はない。

 だから溜まった何かを吐き出すように、隣にいた前原の背中を平手で思いっきり叩いた。

 ぎゃあ、という小さな悲鳴があたりに響いたのを覚えている。

「謝っただろ?」

「謝ってすむなら警察はいりませーん」

「そうか。ならおれは自首してくる。もうお前にノートを貸すことも、弁当の中身を分けてあげることもできなくなるな。残念だ」

「ずるい! 卑怯者っ」

 授業がはじまっている教室に、前原の声が響いた。 

「馬鹿。声が大きい」

 一応小声で話していた璃空は、前原の背中を叩いた。

「痛い」

「そこ、うるさい!」

 教壇に立つ教授が、前原を指差す。
 すいませんと前原が背中をさする。

 やれやれと、璃空はルーズリーフを一枚取り出した。ボールペンを握る。

(……茶碗蒸しか。優斗も好きだったな)

 あとふた月もせず、優斗は帰ってくる。

 向こうでどんな食事をしているのかは知らないが、和食には飢えているはず。

 だから帰ってきたら、優斗が好きな和食を作ろう。そして、一緒に食べるのだ。


 二人並んで。あの部屋で。
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