ヒメゴト

英(ハナブサ)

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7話

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「伊織、目が痛いわ。貴女のせいで。辛いの。慰めて…」


隣に伊織の父がいるのに。私は伊織の耳元でそっと「ヒメゴトをしましょ」と囁く。


いつもの伊織ならどうする?多分、「愛姫様の体調が芳しくないため、本邸に行くことを止める」だろう。

貴女の父親がいる前で私と愛しあえるかしら。
伊織、辞職願を渡したことをこれでもかというほど後悔させてあげるわ…



「愛姫様、本邸へ向かいましょう。

私には…伊織には、愛姫様をずっとお守りする自信も資格もございません。」


何で?何故よっ!


私が「貴女のせいだ」と言ったから?
辞職願は受け取っていないのに。そんなもの認めるわけがないのに。


「愛姫お嬢様、伊織は嫁ぎ先が決まったのです。貴女をお守りすることができなかったこの子は愛姫お嬢様の下にいる資格はございません。ようやっと伊織の後継が育ってきましたので、年内を目処に結婚をと相手先とも決定したのです。」

何も言わなくなった伊織に代わり伊織の父が話した。


「そう…私は家族というものに見捨てられ、そして愛した貴女にも捨てられるのね。

何てザマかしら。私は結局、私の周りをめちゃくちゃに壊していくだけの存在なのね…

私が私であることがこの世で一番憎いわ。」

家族を壊して最愛の将来も私は壊していたのね…

「愛姫様……」
「分かったわ。貴女は自由になりなさい。

 ……伊織、今日をもって貴女クビよ。」

私たちは車へ乗り、本邸へ向かった。
車内では誰一人話すことなく、歩行者用音響信号機の音が車の中まではっきりと聞こえてくる。後部座席の左隣に座っている伊織の様子は全く見えない。
でも、どんな表情なのか、見なくても分かる。だって…
「……ずっと、一緒だったもの…」


「愛姫さま……!」
「伊織、来なさい。」
私に何か告げようとする伊織を伊織の父が遮る。


「愛姫お嬢様。後ほど伊織の後継の者を連れて参ります。
では失礼いたします。」

伊織は父親に連れられて、別邸の伊織の家へと…私から遠い場所へ行ってしまった。





「お嬢様、おかえりなさいませ。旦那様の元へ案内するよう仰せつかっております。ご案内いたします。」

本邸へ入ると、玄関で使用人が待機していた。「そう、お願い」と一言言うと、使用人が私の真っ暗な世界に入り込んだ。

コワイ。

伊織の時は安心して身体を預けられたのに。
あの子の袖を掴むことのできる瞬間が好きだったのに。

「あなた、左へ曲がる時だけ教えてちょうだい。それ以外は右側へいなさい。」
「し…しかし!旦那様からの指示を…」
しどろもどろになる使用人を無視して歩みを進める。
「私が良いと言っているの。雇い主の命令が第一なのは分かるけれど、私の言う事聞いてくれるかしら?」


あぁ。伊織に会いたい。

はやく…ヒメゴトをしましょ…


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