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―― 序章 ――
【001】会津若松市、春
しおりを挟む新世紀が訪れて、既に四半世紀が経過した。
春深し、福島県会津若松市の国道を、酒井美緒は歩いている。黒い靴下は、美緒が通う会津栄高校の指定の靴下だ。赤いチェックのスカートと同じ柄のネクタイを身につけ、黒いブレザーを纏っている。セミロングの黒髪が、温かな風で揺れた。
会津栄高校は、男子はいまだに黒い学生服を着用していることが多い。美緒はそれが嫌いではない。特に、一昨年卒業した二つ上の先輩である佐久間悠迅が着ていた姿が眩しくて、今も幼馴染みの制服姿は脳裏に焼き付いている。
今年高校三年生となった美緒は、当時の悠迅と己が同じ歳だというのがたまに信じられなくなる。というのも、美緒はもう四月も終盤だというのに、まだ進路を決められないでいる。一方の悠迅は、出会った保育園時代から一貫して、〝助けて守る人〟になりたいと話していて、大学進学者が多い高校なのだが、卒業と同時に自衛官候補生の試験を受け、見事合格した。悠迅の中で、〝助けて守る人〟は自衛官だと、小学時代には定まっていたのを美緒は知っている。理由は幼少時に、東日本大震災の災禍があった際、美緒と悠迅の暮らす隣り合った家の後ろで土砂崩れが発生したとき、近隣の南会津駐屯地から、陸上自衛官が救援に来てくれたことだろう。
悠迅は、美緒の初恋の相手である。そして、今も恋をしている相手だ。
切れ長の目をしている悠迅の黒い瞳が自分を向いたとき、いつからか時折落ち着かない気分になるようになった。最後に会ったのは、昨年のゴールデンウィークの頃だ。今年も会えるだろうかと、気になっている。でも、悠迅が自分をただの幼馴染みとしか思っていないことも、よく理解していた。
「会いたいなぁ」
ぽつりと呟いた声が、花曇の空に溶けていく。
――不意に頭上が暗くなったのは、その時のことだった。なにかが自分の上方に伸びていく。大きな雲が急ぎ足で流れてきたのかと考えるが、正面のアスファルトと建物の上は暗くなっていくのだけれど、その左右は日に照らし出されたままで、その影は酷く直線的だった。美緒は、何気なく空を見上げた。そして目を見開いてから、二度ほど瞬きをした。
「え?」
そこには非常に巨大な腕としか表現出来ない肌色の物体が存在した。どんどん美緒から見ると向かって前方へと伸びていく腕は、長く太い。二車線の道路よりも少し幅が広い。視線を前へと向けていくと、右手の掌、そして親指と人差し指が目に入った。
「なにこれ?」
美緒は状況を理解できなかった。まるで巨人の腕のようなものが、自分の頭上を伸びている。恐る恐る振り返る。そして今度は両手で口を覆い、悲鳴を飲み込んだ。振り返った先の会津磐梯山がある方角に、脚を折り曲げてしゃがんでいる巨人がいた。腕の持ち主は、その存在に肩車されており、こちらも巨大だ。両腕を伸ばしている巨人は、首を亀のように窄めている。
「まさか」
――手長足長。
昔話に出てくる巨大な怪物の名前が、美緒の脳裏を過った。
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