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―― 天神様の御用人 ~心霊スポット連絡帳~ ――
【030】龍樹の思案
しおりを挟む五月人形を抱いて、龍樹とともにスミレは深珠神社へと向かった。
電車で一駅先で下りて徒歩で向かう道中、ちらりと龍樹が五月人形を見た。
「あの獅子舞の首の言葉」
「うん?」
「守る、か」
「そう言っていたね。それがどうかした?」
スミレが問いかけると、龍樹が遠くを見るような目をし、切ない顔をして口元だけに笑みをうかべた。
「うらやましいことだと思ってな。俺にはもういないから」
スミレには龍樹が泣きそうに見えた。そして以前見た夢のことを思い出した。先ほど獅子舞の首も、『烏天狗』と口にしていた。
「龍樹くん。一体なにがあったの? もういないってどういうこと?」
余計なことかもしれないとスミレは思ったけれど、話して少しでも気がらくになるなら、聞きたいと思った。すると歩きながら龍樹がぽつりぽつりと話しはじめる。
「俺には、昔、獅子舞の首や、それこそ天神様とおなじような、神様やその眷属の一人の、烏天狗の友だちがいたんだ。深珠神社に昔から住んでいるという烏天狗は、菅原家の人を守ってくれるのだと話していた。天神様も菅原の者だ。だから天神様にとっては使い――御用人の一人だった。スミレの前の御用人だ」
龍樹の言葉に、歩きながらスミレはうなずく。
「俺を守ってくれていた。だけど小さかった俺は、友だちだと思っていた。ある日、あの日も、一緒にブランコで遊んでいた。四番目のブランコで。あの六つある内の四番目にはウワサがあるのを知っているか?」
スミレはうなずく。
「たしか神隠しにあうんでしょう?」
「そうだ。そしてそれはウワサなんかじゃない。俺はじっさいに、はざまの世界にひきずり込まれそうになった。そのときも、本殿が開いて、悪い魂がやどった人形が逃げ出して、ゆがんだ空間をつくったんだ。あの公園がまさに心霊スポットにかわった」
龍樹の瞳は、暗い色をうかべている。
「その俺に変わって、烏天狗がひきずりこまれた。幸いそのときは、天神様がすぐに気づいて、人形を封印した。ただ烏天狗も邪気に染まってしまったから、人形ごと封印されたんだ。俺は、俺のせいで、友だちをなくしたんだ」
そんなことがあったのかと、実際に夢で見た光景を思い出しながら、スミレは心がいたくなる。
「今回逃げ出した人形の中に、そのときの一体もいるんだ。だから俺は、天神様に助けるように頼まれたからだけじゃなく、友だちをきちんと供養し助けられるように、今、人形を探してるといえる。悪いな、もっと早くに話しておくべきだったのかもしれない」
苦笑した龍樹を見て、スミレは首をふる。
「一緒に、探そ? がんばろうよ。私もいるし、お兄ちゃんもいるし」
「――そうだな。ただ、俺は不甲斐ない。俺にはなにも出来ていない」
「え?」
「気持ちだけでは……思いだけでは……上手くいかないこともあると、身に染みて感じさせられているんだ」
龍樹はそう言うと、立ち止まってじっとスミレを見た。
「俺にはなにもできない、とは言わない。ただしできることがひじょうに少ない。だから、スミレ。俺に力をかしてくれ」
それを聞いて、スミレもまたじっと龍樹を見た。
「うん、もちろんだよ。私たちなら、きっとできるよ」
大きくスミレがうなずくと、龍樹が優しい顔で笑った。
それから二人は歩みを再開した。ただ、以外だった。完璧に見える龍樹がそんな風に思っていたことも、なやんでいたことも、スミレは知らなかったからだ。
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