空気より透明な私の比重

水鳴諒

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―― Chapter:Ⅰ ――

【005】良好な家族関係

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 帰宅するとダイニングキッチンの冷蔵庫を開けたまま、梓音が牛乳のパックに口をつけて喉仏を動かしながら喉を癒やしていた。

「梓音、パックに口つけないでよ」
「……」
「それに開けっぱなしなんて行儀が悪いってば」

 思わず佳音が眉を顰めると、ちらりと姉の姿を見たまま牛乳を飲み続けていた梓音が、それを飲み干した様子で、カップを近くのゴミ箱に放り投げた。それから乱暴に冷蔵庫を閉めた。

「……うるせぇんだよ」
「梓音……」
「はぁ、これだから優等生様は」

 吐き捨てるようにそう言うと、佳音の横を通り過ぎて、弟は室内を出て行く。それからすぐに、階段を上る音が聞こえてきた。梓音は勉強が嫌いで、いつもテストの成績が良い佳音を〝優等生様〟と呼ぶ。佳音から見れば、運動が得意で陸上の短距離で好成績を残す弟の方が才能豊かに思えるが、思春期は難しい。

 溜息をついてから、佳音は己も冷蔵庫を開けて、冷やしておいたミネラルウォーターを飲む。本当はグレープフルーツジュースをコップに注ぎたかったが、体型維持を心がけているので、普段はジュースを飲まない。容姿の清潔感や体型が標準の範囲内であることもまた、優等生の構成要素だと佳音は感じている。太りすぎも痩せすぎもよくない。

 その後は自室へと向かい、佳音は本日の復習と、明日の予習を行った。それを夕食だと母が声をかけるまでの間続けた。

 階下に降りると、ココナッツミルクの香りが漂ってきた。本日はグリーンカレーだなと当たりをつけてダイニングキッチンに入ると、花柄のエプロンをつけた雫が振り返り、両頬を持ち上げて笑った。

「座って」

 母の声に頷いて佳音が席につくと、すぐにカレーの皿が置かれた。予想通りグリーンカレーだった。つけあわせにはサラダがある。

「ごめんなさいね、今日は手抜きで」
「ううん。美味しそう」

 グリーンカレーも十分手が込んでいると佳音は感じるのだが、料理に力を入れている雫にとっては手抜きの範囲にあるようだ。

「ねぇ、佳音? 夏休みの家族旅行なんだけど」
「うん」
「お父さん、まとまった休みが取れそうなの。だから、青戸市からちょっと遠出して、他県に行かない?」
「楽しみ。何処に行くの?」
「沖縄や北海道、京都もいいと思うし、普段は行かないような県の名所もいいかなと思って。行きたいところ、ある?」
「咄嗟には出て来ないかなぁ」

 そんな話をしていると、丁度父がこの日は早くに帰宅した。

「おかえりなさい」

 ネクタイを緩めながら顔を出した享に声をかけると、父は穏やかな微笑を浮かべた。目が合うと優しく笑いかけてくれるのが常で、たまに家で仕事をしている時の顔は怜悧だと、佳音は知っている。

「あなた、今家族旅行の話をしてたのよ」
「ああ、そうか。俺も考えてみたんだけどな、栃木はどうだ? 動物園にテーマパークに、その他にも色々と見所があるらしい」

 こうして父も加わり旅行の話をした。梓音は降りてこなかった。最近梓音は、夕食が出来るとすぐに食べて、朝練に備えて早く就寝するためだ。努力家な部分が佳音は好きだ。多少の喧嘩じみた会話はあるが、弟も含めて、家族仲は良好だと、佳音は思っている。


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