上 下
161 / 168
8

8-17

しおりを挟む
ミランダside........




夫と娘がグースに乗り黒い世界の中消えていった。
この“王国の未来”を連れて。
次いつ会えるか分からない夫と娘の姿は真っ黒だった。



でも、夫の温もりと娘の温もりを忘れることはない。



次に会えるその日まで、私は忘れない。



「エリナエル・・・エリー・・・おいで。」



また“発作”が出たのを侍女から聞き、侍女を部屋から退出させクラスト陛下の部屋で2人きりになる。



私が現れるとクラスト陛下は虚ろな目を嬉しそうに細め、ベッドで上半身を起こしたまま私に両手を伸ばす。



そんなクラスト陛下の姿に私は泣きそうになるのを我慢し、両手を伸ばして2人で抱き合った。



「エリー・・・赤ちゃんの名前を決めないと。
キミは何がいい・・・?
未来の国王になる男の子だからな、格好良い名前を付けてやらないと・・・。」



“この子は棄てる。
だから名前は“ステル”だ。”



数日前にそう明言したクラスト陛下が“私”にそう言ってくる。



「産後だからマルチネス妃も理解してくれるだろう・・・。
これまで可哀想なことをさせていた分、今だけは傍にいる・・・。」



小刻みに震えている両手で力無く“私”のことを抱き締めるクラスト陛下。



「許してくれ・・・。
隣国は昔から我が国に戦を仕掛けてくる国で、欲深いことが王族の美徳とされている国・・・。
若くして病に侵されていたお父様の最後の仕事、隣国との和平を結んだ証がマルチネス妃・・・。」



「はい、分かっています。」



“私”の返事にクラスト陛下が安堵の溜め息を吐いた。



そして・・・



力無い両手でゆっくりと“私”のことをベッドに寝かせてきて・・・



“私”の身体の上に覆い被さってきた。



嬉しそうな顔をして。



幸せそうな顔をして。



幸せな夢の中で。



「エリー・・・愛している・・・。」



虚ろな目で“私”にそう言って、“私”にゆっくりと顔を下ろしてきた。



それを見て・・・



そんなクラスト陛下を見て・・・



私は口を開いた。



“エリナエル”ではなく“私”が口を開いた。



「そんなに愛していたのなら何故エリナエルを隠し続けていたの?
侍女だから?何の身分も持たない平民だから?
国王が平民の女性と結婚した前列はない、そんなことで悩んでいる内に、そんなことでエリナエルを隠している内に、マルチネス妃の相手として貴方が選ばれた。
貴方があの小屋でエリナエルとの愛を隠し続けている間に。」



虚ろな目で驚き、私の顔をマジマジと見てくるクラスト陛下。



「早く夢から覚めなさい、ケリー。」



クラスト陛下のもう1つの名、ケリーと呼んだ。



「エリナエルは貴方に“赤ちゃんを返さないで”と叫び続けたまま死に、黒髪持ちの“ステル”は私の夫と娘が“死の森”へと匿いに行った。
ケリーには何も残されていない。
ケリー、貴方は今クラスト国王でもない。」



「・・・ミランダ。
そうだな、ここまで強い光りはミランダだな・・・。
エリーはもっと微かな光りで・・・俺だけが認識出来るような微かな光り・・・。」



ケリーが情けない顔で笑い私の上から退き、自分の胸を右手で確認した。
いつも太陽の刻印を下げていた胸の真ん中を。



「太陽の刻印を渡したのか・・・?」



「はい、先程。」



「覚えていない・・・。
俺は・・・俺はどうにかなっている・・・。
エリーが死んでしまってから、俺の気はどうにかなってしまっている・・・。」



「その中でも皇子を私の夫に託したり、近衛騎士団をマドニス宰相に預ける明言をされたり、インソルドとインラドルにいる最前線の第1騎士団には夫の捜索の命令を出さなかったりと、懸命な判断をされる時もあります。」



「・・・でも、それらも覚えていない。
まるで夢の中にいるようで・・・。
頭の中に白い霧があるようで・・・いや、俺の見えるこの世界が白い霧の中のようで・・・。」



虚ろな目で、小刻みに震え続けている両手で、自分の頭を抱えたケリー。



こんなケリーを見たのは初めてだった。



私の母がケリーの乳母だったこともあり、母の幼馴染みの子どもであったダンドリーと私、そしてケリーは生まれた時から3人で成長していった。



国王になる皇太子だったケリー、そして国王になったケリー、どんな姿のケリーも見てきていたけれど、こんなケリーの姿を見るのは初めてだった。



それほどエリナエルが死んでしまったことのショックが大きいのか。



愛していた女を失ったことにより国王としての責務を果たせないような男ではないはずだけど・・・。



でも・・・



マルチネス王妃と子作りをするよう弟に頼んでからのケリーを見ていたら・・・



「しっかりしなさい、ケリー。」



もっと早く言うべきだった言葉を今やっと言えた。
ケリーが国王になってからは私だって夫だって国王陛下としてケリーと接していたから。



虚ろな目で、でもその奥にはちゃんと力が残っていそうな目で、ケリーが私のことを見詰めている。



そんなケリーに伝える。



「国王ではなくなったケリーが今出来る最善を尽くそう。」



「最善を・・・。」



「そう、昔からケリーが何度も言っているでしょ?
強く強く強く、どこまでも強く生き抜ける国にするって。
その為に最善を尽くせる国王になるって。」



「そうだな・・・言っている気がする・・・。」



「こうなってしまったのは私のせいでもあるのかも・・・。
私はケリーに女として好きになって貰うことは出来なかったから。」



「小さな頃から皇太子である俺を叱り飛ばしている女を女として好きになれないだろ。
ダンドリーがお前を女として好きになったことが未だに信じられない。」



虚ろな目ではあるけれど、いつもの目に戻りつつあるケリーに笑い掛ける。



「あの人も私のことを女として好きなわけじゃないから。
私達は愛し合う為に夫婦になったわけじゃない。」



「昔からダンドリーのことが好きだったのにまだそんなことを言っているのか。
ダンドリーは?」



「ケリーとエリナエルの赤ちゃんを連れて“死の森”に。」



「そうだった・・・そうだった・・・。
すまない・・・カルティーまで。」



「私1人でカルティーをここで守ることは最善ではなかった。
大きくなるにつれ女になっていくカルティーを私1人では守り切れない。
それにカルティーも夫と一緒に“この王国の未来”を守ることを選んだ。」



「“この王国の未来”・・・。」



「そう、あの赤ちゃんは・・・ケリーとエリナエルの皇子は国王の器を持っているんでしょ?」



私のその言葉にケリーの目が鋭く光った。



「そうだ・・・そうだった。
あの子は王の器を持っていた・・・。
国を滅ぼそうとする黒髪持ちのはずなのに・・・。
あの子を見た瞬間に分かった・・・。」



「エリナエルを見た瞬間にも分かってたでしょ?
エリナエルが自分の相手だって。」



「そうだな・・・そうだったな・・・。」



鋭く光り続ける目で悲しそうに笑い、私のことを見詰めるケリー。



「クレドを呼んでくれ。」



「もう部屋の外で待機してる。
太陽の刻印の主を変える為にはカンザル教会の教皇の刻印が必要だって。
これからカンザル教会に貴方と一緒に向かうって。」



扉に視線を移したケリー。
そのケリーが何やら考えた様子になっている。



「カンザル教会・・・クレバトル教皇・・・。」



ケリーがクレバトル教皇の名前まで口に出し、それから小さく笑った。



「分かっていたのか、あの人は・・・。
俺がエリナエルと結婚をした時から、あの人は全てを分かっていた。」



「ケリー?」



よろめきながら立ち上がったケリー。
ここ数日はずっと寝たきりだったケリーが久しぶりに立った。



そして自分で服のボタンを外していき・・・



「クレド。」



静かな声のはずなのに重い声でクレドのことを呼んだ。



ケリーの声で・・・いや、クラスト陛下の声でクレドが部屋の扉を開けて入ってきた。



膝をつき頭を下げたクレドを見下ろしクラスト陛下が口をゆっくりと開く。



「俺は残念ながらもう国王ではない。
太陽の刻印も持たないただのクラストだ。
だが付き合ってくれないか?
俺の身体は何故か思うように動かない。」



そう言いながらもボタンを外そうとしているクラスト陛下。
でもその両手はボタンすら外すことが出来ない。



代わりに私がボタンを外し始めると、クラスト陛下は苦しそうに顔を歪めた。
でもその目には鋭い光りが宿り続けている。



そして、顔を上げて立ち上がったクレドと私に向かって言った。



「黒髪持ちの皇子が国王となる術を探してくる。
民を納得させる術を。
国王でもない俺と来てくれるか、クレド。
世界を回る長旅になる。」



「世界の可愛い子ちゃんと会える機会なんてこれを逃したらないだろうからね。
喜んでお供するよ、クラスト。」



クレドの返事にはクラスト陛下と目を合わせて笑い合う。



そんな私の顔をクラスト陛下はジッと見た。
エリナエルに見せる顔とは違うけれど、その顔は私のことを“愛している”と言っている。



「必ず戻る。
それまで俺の王国で待っていてくれるか?」



「夫が戻るのを待つついでに待っています。」



笑いながら答えた後、クラスト陛下を真っ直ぐと見詰めた。



「私の身体も夫の身体もケリーにあげたから。
私とダンドリーのきょうだいであるケリーに。
だからこの身体はケリーのモノ。
この身体はケリーの王国のモノ。」



そう言ってからクラスト陛下の身体をゆっくりと抱き締めた。
小さな頃はこんなことをした記憶もあるけれど、大人になってからは初めて。



「例え私1人になったとしても、私が残っている限りクラスト陛下の王国は終わらない。
最善を尽くして待っています。」



私のことを抱き締め返してくれたクラスト陛下の両手は小刻みに震え続けていた。
あんなに大きな剣をダンドリーと振り続けていたはずの身体は、1ヶ月もしない間にこんなにも細くなってしまっていた。

















ミランダside.........
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...