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王宮内にある教会。
そこで白い簡素なウエディングドレスを着たカルティーヌが俺の隣をゆっくりと静かに歩いていく。



あの扉の向こう側で待っていたカルティーヌは柔らかい笑顔で俺に笑い掛け、「これからよろしくお願いします」と貴族の女がするお辞儀をしていた。



“ルル”ではなかった・・・。



やっぱり、この女は“ルル”ではなかった・・・。



髪の色だって顔だって身体だって全く違う。
仕草や動作、喋ることだって全く違う。



全然違う・・・。



“ルル”とは全然違う・・・。



“ルル”は俺のことをこんな目では見ない。



俺のことをこんな風に“可哀想”だという目では見ない。



教皇の短い台詞が終わった後、誓いのキスをする為にカルティーヌと向かい合う。



カルティーヌは俺のことを“可哀想”というような目で見上げてきた。



そんな目で俺のことを見上げてきた。



誰の子種かも分からない黒髪持ちで生まれ、国から棄てられ、それでも生きている俺のことを、この女は“可哀想”という目で見てくる。



この目を俺は知っている。



この王宮にいる人間達が俺によく向けてくる目だった。



そんな目をしてくるこの女を見て、やっぱり“ルル”ではないと思った。



この女は“ルル”ではない。



“ルル”ではない・・・。



“ルル”のはずがない・・・。



チチからは何の報告も受けていない。
“ルル”が生きていただなんて、俺は何も知らされていない。



聖女として俺と結婚をするのが“ルル”だなんて、チチから何も知らされていない。



“好きな女を正室か側室に”だなんて、“ルル”と結婚する俺に言うはずがない。



“ルル”なはずがない。



この女は“ルル”なはずがない。



俺と城壁の上で初めて会った時も“可哀想”という目で俺のことを見てきたこの女。
力強い目をしながらも、この女は俺のことを“可哀想”と思っていた。



それだけだった・・・。



この女の目にあったのはそれだけだった・・・。



俺と会えた喜びや嬉しさなんて何もなかった。
俺に何の言葉も掛けてはくれなかった。



自分が“ルル”だと教えてはくれなかった。



「誓いのキスを。」



教皇から促され、言われていた通りこの女の肩に両手をのせた。
あまりにも細い肩で・・・ルルが死んでしまう時に抱き締めた身体とは全く違って・・・。



この女は“ルル”ではない。



“ルル”ではない。



チチからは何も知らされていない。
この女からも何も言われていない。



“ルル”だとしたらそんなことは有り得ないことで。



そんなことは有り得ない・・・。



そう強く思いながら、この女の唇を見下ろす。
結婚式での誓いのキスをする為に。



結婚式での、誓いのキスを・・・。



そう思った時、思い出した・・・。
ミランダからの言葉を思い出した・・・。



“聖女様もインソルドを発つ前夜に2人だけで結婚式を挙げた相手がいたそうです。
その相手と心だけは結ばれることが出来たと言っていました。”



それを思い出して・・・



それを思い出してしまって・・・



俺は分かった・・・。



俺は気付いてしまった・・・。



俺は棄てられていたのだと、気付いてしまった・・・。



チチからも、“ルル”からも、俺は棄てられていた・・・。



とっくの昔に棄てられていた・・・。



それに気付いた時・・・



「ごめんなさい・・・。」



目の前の女が小さな声で・・・女の甘くて高い声で謝ってきた。



“ルル”の声ではなかった。



でも、この女が本当に“ルル”なのだとしたら・・・



“ルル”なのだとしたら・・・



もう、俺の“ルル”はいないのだと分かった。



誰に対しての何の謝罪なのか・・・。



心をあげた男に対する謝罪なのか、それとも俺を棄てたことに対する謝罪なのか・・・。



もう会えない・・・。



俺が“好き”で“大好き”で“愛している”ルルはいなくなってしまったから・・・。



この人生だけではなく、次の人生でもルルには会えない。



この女の肩を両手で強く押そうとした。



結婚なんてしたくなかった。



俺は“ルル”以外の女と結婚なんてしたくなかった。



この人生でも次の人生でも“ルル”と会えることがないのなら、俺はこのまま死んでしまいたかった。



この人生を生き抜いた先に“ルル”がいないのなら、俺が生きる意味など何もないから。



黒髪持ちの俺がこの世界で生きる意味など何もない。



そう思う・・・。



そう強く強く思うのに・・・。



なのに・・・



















“強く強く強く、どこまでも強く生き抜け。
最善を尽くせ。”



何度も何度も何度も聞いたチチの言葉が浮かんできてしまう。
だから俺はここまで生き抜くことが出来てしまっていた。
チチのこの言葉が何度も何度も何度も聞こえてくるから。



聞こえてきてしまうから・・・。



だから、俺はゆっくりとこの女の顔に自分の顔を近付けていった。



チチの言葉に今日も突き動かされてしまう。



そういう教育をされてきた。



俺はインソルドでそう教育をされてきてしまった。



薄くだけど思い出せるはずの“ルル”の姿を思い浮かべようとしながら、この女の唇に自分の唇を少しだけ付けた。



俺が“好き”で“大好き”で“愛している”ルルの姿を思い浮かべようとしたのに・・・



思い浮かんだのは、俺の胸の中で血塗れで抱かれている“ルル”の姿だけだった。



滅ぼしてしまった・・・。



黒髪持ちの俺が、自分自身で“ルル”を滅ぼしてしまった・・・。



俺の“太陽”、俺の“王国”は、“ルル”が照らす世界だけだったのに・・・。



俺を棄てたチチや“ルル”ではなく、黒髪持ちの俺の存在が許せなかった。



自分で自分を殺したいほどに、俺は俺を許せなかった。



聖女、カルティーヌとなって俺の前に現れた女としたキス、人生で2回目のキスは・・・



記憶の中の“ルル”としたキスを思い浮かべたからか、血の味がした・・・。
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