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卒業式を終えたその日の夜



暗い部屋の中で俺は目が覚めた。
目覚まし時計を見てみると深夜の2時。
木造の2階建ての家の中、ボロボロのこの家の中でバサマの叫び声とジサマの宥める声が響いてきた。



それを聞き俺は立ち上がり、叫び声のするリビングへと向かった。
リビングの襖からは光りが漏れている。
暗闇の中をその光りに向かい歩き、そして襖に手を掛け開けようとした瞬間・・・



「お前は来るな!!!!」



襖の向こう側からジサマが叫んできた。
その焦っている声を聞いて、俺はムカつきながら襖を開けた。



そしたら、目の前には初めて見るくらい焦った顔をしているジサマの姿があった。



ジサマの姿と・・・



そして、咄嗟に息を止めてしまいたくなるような臭い・・・。



よく見るとジサマのパジャマが汚れている。



そんな姿でジサマは俺のことを鋭い目で見詰めてきた。



「朝人は部屋に戻ってろ。
それとやっぱり明日から向こうの家で暮らしてこい。」



ジサマがそう言った時、見えた。



襖とジサマの隙間から、向こうにいるバサマの姿が見えた。



何故か素っ裸のバサマ、その身体は汚れていた。
大便まみれで汚れていた。
バサマだけではない。
リビングの床も壁もちゃぶ台も汚れていた。



それを見た後に俺はジサマを真っ直ぐと見返した。



「こんなことだって気にするわけねーだろ。
俺だってバサマがどんな姿でも大丈夫だよ。
それくらいバサマは俺のことを愛してくれてたから。
だから俺だってバサマがどんな姿でも愛してるよ。」



「分かってる。
そんなの俺だって分かってる。
それが無性にムカつくくらい分かってる。」



ジサマは大真面目な顔でそう言って、それから悲しそうに笑った。



「ここまでのことが起こるとは俺にも分からなかった。
そこまでは浮かんでこなかった。
可哀想なことをさせた・・・。」



「俺は別に可哀想じゃねーよ。」



「お前じゃねーよ、バサマに。」



ジサマが悲しそうに笑い続けたまま、揺れる瞳で俺のことを見詰めてくる。
その目には深い深いシワが刻まれている。



そんな目で俺を見詰めているジサマが右手をゆっくりと伸ばしてきた。
俺の顔に・・・そして俺の目に伸ばしてきた。



俺の両目がジサマの右手の手の平で完全に覆われる直前、ジサマの目は不思議と赤く光っているように見えた気がした。



「忘れてくれ、朝人。
今見たバサマの姿は忘れてくれ。
バサマはきっと朝人にこんな姿を見られたくないはずだから。
朝人には綺麗な姿だけを残したいはずだから。
バサマは少しでも朝人に綺麗な姿が残るように、婆さんになってからも化粧をして綺麗にしてたくらいだから。」



「残ってるよ・・・。
ちゃんと残ってる・・・。
それに今でもバサマは可愛い・・・。
どんな姿になっててもバサマは誰よりも可愛い・・・。」



ジサマの右手で覆われた目からは涙が流れてきた。
だからジサマの右手を退かすことが出来ない。



「辛いなら辛いって言っていい。
大丈夫じゃないなら大丈夫じゃないって言っていい。
俺を誰だと思ってるんだよ?
お前のお爺様だぞ?」



そう言われ小さく笑いながら口を開いた。



「辛くもないしマジで大丈夫なはずだけど、めっっっちゃ悲しい!!!」



真っ暗な世界でバサマの叫び声が響いている。
その叫び声は言葉になっていない。
何も何も言葉にはなっていない。



「よわっちい男だな朝人!!!
やっぱりお前が何十年早く生まれた所でバサマはお前を選ばねーよ!!!
俺なんて全然大丈夫だよこんなの!!!
バサマの酷い姿なんて飽きる程見たからな!!!
ガキの頃は小便だろうが大便だろうが漏らしてたし、大人になってからは酒癖が悪い奴だったから吐きまくるし暴れるしで酷いもんだったよ!!!」



「マジか・・・すげーショック。」



「お前の前では綺麗なお婆様の姿だけだったからな!!」



ジサマが大笑いをした後、俺の両目を覆う右手をグッと強く押し付けてきた。



「バサマにはバサマが将来ボケるなんて話はしなかった。
だから朝人にこんな姿を見せたのかと天国に行った後に知られたら向こうで俺が離婚されちまう。
だから忘れてくれ、朝人。
今見たバサマの姿は忘れてくれ。」



「ジサマはバサマのことが大好きだからな。」



「そうだよ。
この俺が口説きまくったくらいだぞ?」



「バサマも昔からジサマのことが大好きだったって、バサマから教えて貰った。
良い男を選んだな、バサマは。」



俺がそう言うと、俺の両目を覆うジサマの右手が少しだけ震えた。
その震えを感じながら、俺は深く頷く。



「今見たバサマの姿は忘れる。
ちゃんと忘れる。」



そう答えた瞬間、なくなった。



本当になくなった・・・。



そういう事実があったことは死ぬまで忘れることはないだろうけど、バサマのあの姿は本当になくなった。



「ありがとな、朝人。」



ジサマの両手が離れた後も俺の両目は不思議と開くことが出来なくて、次に開いたのは襖が閉まった後だった。
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