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中学卒業式直前、朝



「菊、行ってくる。」



台所に立ち台所をグチャグチャにしているバサマに“菊”と呼び声を掛けた。
バサマはゆっくりとした動きで俺の方を振り向いてくる。



それを確認してからゆっくりと玄関まで歩く。
そして引戸の鍵を開け、更に天井近くの鍵も開けた時・・・



「朝人・・・。」



バサマが俺のことを“朝人”と呼んだ。
それに俺はゆっくりとバサマを振り向くと、バサマは心配そうな顔で周りを見渡している。



「朝人がいない・・・。
探しに行ってくる・・・。
お父さんとお母さんがいる病院に1人で行っちゃったのかも・・・。
朝人は賢い子だから・・・。」



左右別々の靴下を履いたバサマが玄関にヨロヨロと降りようとしてくる。
俺はそんなバサマを優しく抱き締め、大きく笑った。



「何ボケたこと言ってんだよ、菊!!
朝人はさっきお前が保育園に送りに行っただろ!!」



「保育園・・・?私が・・・?
そっか・・・そうだった・・・。」



「朝人が大人になって幸せになるのをお前も見届けるんだろ!?
まだまだだろ!!まだまだ長生きするぞ!!」



「うん、長生きしないと。」



バサマの身体から強張ったような力が抜けたのを確認してから、俺はバサマのガリガリになった身体をゆっくりと離した。



それからバサマの顔に優しく笑い掛け、言った。



「行ってくる。」



引戸を開けると朝の光りが入ってきた。



「行ってらっしゃい、善人(よしと)。」



バサマが俺のことを善人と呼んだ。
ジサマの名前である善人と。



俺は優しく笑い続けたままの顔でバサマを振り返る。
“朝1番”の光りで輝いているバサマの顔を。



その顔は化粧で滅茶苦茶になっていた。



それでも俺にはバサマが可愛く見えた。
ちゃんと歳の割には可愛い顔に見えた。



バサマがボケてしまったとしても、俺はバサマのことが大好きだった。
俺のことを“朝人”とは呼んでくれることはなくなったとしても、俺がバサマのことを大好きなことに変わりはなかった。
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