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震える程嬉しかった砂川さんからのプロポーズをこの胸にしっかりと仕舞ってからそう言った。
“可哀想”というだけでこんな言葉まで口にしてくれたとは分かっているけれど、私はどうしようもなく嬉しいと思ってしまった。



そして、“うん。“と返事をすることも出来た。



普通の男女のカップルがするような、プロポーズの一連の流れのようなことまですることが出来た。



「いくら私のことが可哀想だからって、そんなことまで言わないでよ。」



羽鳥さんのように美しいハナカイドウから視線を逸らして暗闇が続く廊下の方を見る。



「私が“うん”って言ったらどうするつもりだったの、バカじゃないの。」



普通のパンツを胸に抱き続けたまま真っ暗な廊下に向かって一歩、歩き始める。



歩き始めようとしたのに・・・



「そしたら本当に結婚するつもりだった。」



そんなバカな返事が返ってきて、それには深呼吸を何度かしてから砂川さんに振り向いた。



「私ってそんなに可哀想なの?
砂川さんにそこまでさせるくらい私は可哀想な女なの?」



「そうだね、可哀想だよ。」



誰も座っていない座布団の横であぐらをかき、砂川さんは私を見上げながら即答をした。



「付き合ってあげられなくてごめんね、“純ちゃん”。」



“純ちゃん”と呼びながらそんな謝罪をしてくる。



「あの3年間、“純ちゃん”はどんな気持ちで俺と一緒にいたのか想像してしまって。
あの家の外に一緒に出ることもなく、俺とセックス以外で触れ合うこともなく、そのセックスだってキスもなければ“純ちゃん”だけが上で動いていただけで、“好き”だなんて言葉も言わなければ言わせることもなく、あの家から帰ろうとする“純ちゃん”を見送ることもしなかった。」



「それはそうだよ、砂川さんは私のことをセフレだと思ってたんだから。」



「うん、だから想像してしまって。」



砂川さんが本当に申し訳なさそうな顔で私のことを見上げてくる。



「“最後の日”、俺から“セフレ”という言葉を聞いて“純ちゃん”はどんな気持ちだったんだろうって。」



何も口に出来ない私に砂川さんは続けてくる。



「“純ちゃん”は普通の顔で笑ってた。
でもよく考えたら1度も聞いたことがないようなバカにしたような短い笑い方をしてた。
俺が口を開くとよくそんな笑い方をされるからああいう笑い方は知っている。
誰かが俺のことをバカにしている時と同じ笑い方だった。
でも・・・」



言葉を切った砂川さんが淡いピンク色の世界の中で悲しそうに笑った。



「“純ちゃん”は1度も俺のことをバカにしたように笑ったことはなかったから。
だからあれは“純ちゃん”自身をバカにした笑いだったのかなと想像をした。
俺から彼女ではなくセフレだと思われていた自分自身のことをバカにしたのかなと。
3年間も彼女として俺と一緒にいた自分のことをバカにさせてしまったのかなと思った。」



その通りのことを砂川さんが言ってくる。



「俺と一緒にいた“純ちゃん”の3年間の全てをバカにさせてしまったと思った。
“純ちゃん”は俺と一緒にいる時いつも凄く楽しそうだったのに、凄く幸せそうだったのに。」



「もう、言わないで・・・。」



「普通の女の子なら耐えられないような、文句ばっかりになるような俺と一緒にいたのに、“純ちゃん”は3年間離れることなく俺と一緒にいた。」



「“普通”の女の子じゃなかったから・・・。
私は“普通”じゃないから・・・だから間違えちゃった・・・。
間違えてごめんね、もういいよ・・・もういいから・・・。」



普通のパンツをこの胸に抱きながら淡いピンク色の世界の中で笑顔を作って砂川さんに笑う。



「プロポーズ、ありがとう。
その言葉はちゃんと受け取ってちゃんと私の胸に仕舞った。
“純ちゃん”は喜んでた、凄く凄く喜んでた。」



「“純ちゃん”じゃないよ。」



「何が?」



「プロポーズをしたのは“純ちゃん”にじゃない。
“純ちゃん”は俺のことを凄く嫌いになってしまったはずで絶対に頷いてくれないからね。」



砂川さんがゆっくりと立ち上がり私の目の前に立った。



淡いピンク色の世界の中で砂川さんは怖いくらい真剣な顔で私のことを少しだけ見下ろす。



「俺は“純愛ちゃん”にプロポーズをしたんだけど。」



「もういいから・・・もう本当にいいから・・・。」



「“いい”って、“結婚していい”ってこと?」



「違うよ・・・“もうそんなことまで言わなくていい”の“いい”。」



「断る時はちゃんとした言葉を使って断らないと。
お互いの認識に相違があると今後の提案内容や契約内容に問題が出てくることは営業時代に嫌という程学んだよね?」



「はいはい・・・。
だから昔私が勘違いし続けちゃったわけだしね。」



この場から早く逃げたくてテキトーに返事をし、また真っ暗な廊下へと向かおうとした。



「何・・・?
まだ何かあるの?」



歩きだそうとした私の肩を砂川さんの大きくて温かい手で阻止をされる。



「今晩付き合ってよ。」



「付き合うって?」



「花見。」



「花見・・・。」



“花見”と繰り返してから縁側の向こう側にある“満開”のハナカイドウを眺める。



「今晩純愛ちゃんが、“俺が結婚する人”になって花見に付き合ってよ。
あのライトアップ、この前の3月15日に急遽業者に依頼をしてセットしたもので。」



美しく光り輝くハナカイドウを縁側の窓のこちら側から眺めていると、淡いピンク色に色付いた大きな窓ガラスに私の姿が映っているのに気付いた。



「3月14日、ホワイトデーであり純愛ちゃんの誕生日の日に再会をして。
俺の今のこの家に来て貰って。
すぐに帰ってしまったけどまた戻って来るかもしれないとも思って、翌日の15日に急遽セットをしたんだよ。」



そんな御託だか嘘まで並べて砂川さんの隣で花見をさせようとしてくる。



「ホールディングスの経理部に異動してから有給休暇なんて取ったことがないのに初めて休んで。
それも事前取得ではなく当日の朝に休むと言ってまで。」



私は“可哀想”ではないのに砂川さんがそこまでやろうとしてくる。



「まだあの花は開花をしていないけど“純ちゃん”はあの花が大好きだったから。
“純愛ちゃん”の為にセットをした物だから“純愛ちゃん”と花見がしたい。」



砂川さんが私の肩から手を離し、その手で私の背中に触れた。



「“俺が結婚する人”になって花見に付き合って、“純愛ちゃん”。」



淡いピンク色に光り輝くハナカイドウの世界。
その世界の中で私の背中に手を回す砂川さんの姿も写っている。



お互いに部屋着の姿なのにそんなのも気にならないくらい綺麗な世界で。



この世界の中にいる砂川さんと私も凄く綺麗に見えて。



「俺の隣においで、“純愛ちゃん”。」



淡いピンク色のハナカイドウに重なる砂川さんはハナカイドウではなく私のことを見詰めている。



そんな砂川さんの隣に映る私は“女”に見える気がする。
テレビの黒に映る私は数時間前まで男に見えていたはずなのに、淡いピンク色のハナカイドウに重なっているからか何故かちゃんと“女”に見える気がしてしまう。



もう流石に“女の子”には見えないけれど、“女”には見えていて・・・。



砂川さんの大きくて温かい手が“女”である私の背中を優しく押す。



「今晩俺と結婚して、純愛ちゃん。
花見に付き合ってよ。」



砂川さんと私の姿と重なっているハナカイドウは揺れていないのに、私の姿が揺れ動いた。



砂川さんの手で背中を優しく押されたことによって私の足が動いてしまったから。



1つしかない座布団に吸い寄せられるように、この足が動いてしまった。



“純ちゃん”の足ではなく“純愛ちゃん”の足が動いてしまう。



それに気付き、それを感じ、私の命と身体を愛してくれている佐伯さんの姿が浮かんだ。



“逃げるな、純愛。”



頭の中では必死に逃げようとしていたのに、佐伯さんからそう言われてしまった。



だから・・・



逃げることなく砂川さんの隣の座布団に座ってしまった。



砂川さんが結婚する人のトコロであるこの場所に、“純愛ちゃん”である私が座ってしまった。
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