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会社のビルを出て強引に乗せられたタクシー。
私の鞄も持っていた砂川さんの手は私の手を痛いくらい強く握っている。
恋人同士が繋ぐような繋ぎ方ではないけれど、砂川さんの手が私の手を握っている。
それを見て、それを感じて、泣きたくなるのを振り切るようにタクシーの窓から外を見た。
夜の黒の中をオフィス街の灯りや車のライトの灯りがキラキラと輝いている。
こんな灯りが“綺麗”だなんて思ったことがないのに、何故か今は凄く“綺麗”だと思えてしまう。
その綺麗な枠の中に砂川さんの綺麗な横顔が映り込んでいるのを見ながら、どうしようもなく泣きたくなった。
初めて男の人と繋がれた私の手はどんどん熱くなってくる。
どんどん汗が溜まっていく。
私の顔が涙を我慢しているからか私の手がこんなにも涙を流してしまったのかもしれない。
「汗・・・凄いから離して・・・。」
「何が?」
「手。」
「ああ、ね。」
“ね”の一言で会話を終わらせてきた砂川さんは、大きくて熱い手で私の手をもっと強く握ってきた。
「痛いよ・・・。」
「うん、ごめんね。」
“ごめんね”と言うのに砂川さんの手はやっぱり私の手を離してくれない。
「ごめんね、純ちゃん。」
“純ちゃん”と言いながら砂川さんが私に謝ってくる。
「ごめんね、純愛ちゃん。」
今度は“純愛ちゃん”と言って謝ってきた。
何の謝罪なのかを問い詰めたい気持ちはあるけれど、それは口にならなかった。
私の顔から何故かこんなにも涙が流れてきてしまって、どうしても口から言葉を出せなかった。
「昔の俺のことは全て忘れて欲しい。
昔の俺とのことも全て忘れて欲しい。
1つも思い出すこともないように忘れて欲しい。」
「忘れたよ・・・っもう、とっくに忘れてるよ・・・っ。」
「でもさっきは思い出したよね?
純愛ちゃんは俺との“そういう時”のことを思い出してた。
だからあんなに怒ってたんだよね?」
「あれは・・・砂川さんが嘘をつくから・・・。
思い出したくもないのに思い出してムキになっただけ。」
「嘘なんてついてないよ。」
「それこそ嘘だよ・・・。
だって砂川さんは出来なかったじゃん・・・。
私と“普通”には出来なかったじゃん・・・。」
「うん、昔はね。」
その返事を聞き・・・
この綺麗な枠の中に羽鳥さんの姿が浮かんでしまった。
「今は“普通”にそういうことが出来るんだ?」
「うん。」
「でもそれは私には出来ないよ。」
「出来るよ。俺は変わったから。」
「出来ないよ・・・絶対に出来ないよ・・・。」
「うん、だから確かめてよ。
俺が本当に出来るか、確かめてみてよ。」
「どうせ出来ないことは分かるからわざわざ確かめたくない。」
「昔の俺のことも俺とのことも全て忘れてるんだよね?
だったら何も分からないでしょ。
何を根拠に出来ないって言ってるの?」
そんなことを優しい口調で言ってきて・・・
「砂川さんって本気を出せばここまで口が上手かったんだね。
私よりも凄い営業成績だったのが信じられなかったけど、再会してみてそれがよく分かったよ。」
砂川さんは確かに変わった。
昔の砂川さんは私の前では常に“そういう人”だった。
仕事中はそうでもないようだったけれど、財務部と仕事をしたことがないからこんな砂川さんの姿を見たことがなかった。
「私、そんなに可哀想だった?
自動販売機の所で思わずフォローしちゃうくらい、“出来る”なんてことまで言っちゃうくらい、私が可哀想だった?」
「うん、可哀想だった・・・。」
砂川さんが私のことを“可哀想”だと言う。
「ごめんね、純ちゃん。」
“純ちゃん”と言いながら砂川さんがまた私に謝ってくる。
「ごめんね、純愛ちゃん。」
今度は“純愛ちゃん”と言ってまた謝ってきた。
その謝罪が何の謝罪なのか私はやっぱり問い詰めることが出来なかった。
涙が次から次へと流れてくるから、口にすることが出来なかった。
私の鞄も持っていた砂川さんの手は私の手を痛いくらい強く握っている。
恋人同士が繋ぐような繋ぎ方ではないけれど、砂川さんの手が私の手を握っている。
それを見て、それを感じて、泣きたくなるのを振り切るようにタクシーの窓から外を見た。
夜の黒の中をオフィス街の灯りや車のライトの灯りがキラキラと輝いている。
こんな灯りが“綺麗”だなんて思ったことがないのに、何故か今は凄く“綺麗”だと思えてしまう。
その綺麗な枠の中に砂川さんの綺麗な横顔が映り込んでいるのを見ながら、どうしようもなく泣きたくなった。
初めて男の人と繋がれた私の手はどんどん熱くなってくる。
どんどん汗が溜まっていく。
私の顔が涙を我慢しているからか私の手がこんなにも涙を流してしまったのかもしれない。
「汗・・・凄いから離して・・・。」
「何が?」
「手。」
「ああ、ね。」
“ね”の一言で会話を終わらせてきた砂川さんは、大きくて熱い手で私の手をもっと強く握ってきた。
「痛いよ・・・。」
「うん、ごめんね。」
“ごめんね”と言うのに砂川さんの手はやっぱり私の手を離してくれない。
「ごめんね、純ちゃん。」
“純ちゃん”と言いながら砂川さんが私に謝ってくる。
「ごめんね、純愛ちゃん。」
今度は“純愛ちゃん”と言って謝ってきた。
何の謝罪なのかを問い詰めたい気持ちはあるけれど、それは口にならなかった。
私の顔から何故かこんなにも涙が流れてきてしまって、どうしても口から言葉を出せなかった。
「昔の俺のことは全て忘れて欲しい。
昔の俺とのことも全て忘れて欲しい。
1つも思い出すこともないように忘れて欲しい。」
「忘れたよ・・・っもう、とっくに忘れてるよ・・・っ。」
「でもさっきは思い出したよね?
純愛ちゃんは俺との“そういう時”のことを思い出してた。
だからあんなに怒ってたんだよね?」
「あれは・・・砂川さんが嘘をつくから・・・。
思い出したくもないのに思い出してムキになっただけ。」
「嘘なんてついてないよ。」
「それこそ嘘だよ・・・。
だって砂川さんは出来なかったじゃん・・・。
私と“普通”には出来なかったじゃん・・・。」
「うん、昔はね。」
その返事を聞き・・・
この綺麗な枠の中に羽鳥さんの姿が浮かんでしまった。
「今は“普通”にそういうことが出来るんだ?」
「うん。」
「でもそれは私には出来ないよ。」
「出来るよ。俺は変わったから。」
「出来ないよ・・・絶対に出来ないよ・・・。」
「うん、だから確かめてよ。
俺が本当に出来るか、確かめてみてよ。」
「どうせ出来ないことは分かるからわざわざ確かめたくない。」
「昔の俺のことも俺とのことも全て忘れてるんだよね?
だったら何も分からないでしょ。
何を根拠に出来ないって言ってるの?」
そんなことを優しい口調で言ってきて・・・
「砂川さんって本気を出せばここまで口が上手かったんだね。
私よりも凄い営業成績だったのが信じられなかったけど、再会してみてそれがよく分かったよ。」
砂川さんは確かに変わった。
昔の砂川さんは私の前では常に“そういう人”だった。
仕事中はそうでもないようだったけれど、財務部と仕事をしたことがないからこんな砂川さんの姿を見たことがなかった。
「私、そんなに可哀想だった?
自動販売機の所で思わずフォローしちゃうくらい、“出来る”なんてことまで言っちゃうくらい、私が可哀想だった?」
「うん、可哀想だった・・・。」
砂川さんが私のことを“可哀想”だと言う。
「ごめんね、純ちゃん。」
“純ちゃん”と言いながら砂川さんがまた私に謝ってくる。
「ごめんね、純愛ちゃん。」
今度は“純愛ちゃん”と言ってまた謝ってきた。
その謝罪が何の謝罪なのか私はやっぱり問い詰めることが出来なかった。
涙が次から次へと流れてくるから、口にすることが出来なかった。
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