上 下
23 / 166
2

2-7

しおりを挟む
急遽予約を取った会議室、何故か佐伯さんはテーブルの椅子には座らず窓に寄りかかりながら腕を組んだ。



だから私も座らずに佐伯さんから少し離れた所に立ち、片手で手帳を握り締めた。



「で、どうするの?
営業部に戻る?」



面倒そうな口調で佐伯さんが聞いてきて、それに私は笑顔を作り首を横に振った。



「これから人事部長にも言いに行くけど、退職しようと思ってる。」



どこをどう見ても私よりも年下の佐伯さんに私もタメ口で答えると、佐伯さんは組んでいた腕を離し、その両手を大きく叩き笑い始めた。



「ウケる~!!!退職するんだ!?
私がわざわざここまで来た意味!!
月末だし年度末だしかなり忙しかったんですけど~。」



「そうだったんだ・・・。」



「でも退職するんだったらよかった~。
アナタがうちの経理部に出向してきたら、私がアナタの面倒を見ることになってたんだよね。」



「そうだったんだ・・・。」



「新卒の子の面倒ならまだしも、やる気もなければ女だか男なんだかよく分からない人間の世話なんてしたくないから。」



佐伯さんがそんなことを言ってきて、まるで汚い物を見るような目で私のことを見てきた。



「私、アナタみたいな人は本当に大嫌い。」



今まで生きてきて初めて言われた言葉を言われ、それには大きく驚き固まった。



「つまらなそうな顔で生きてる人、私大嫌いなの。
つまらないくせに楽しく生きようと努力しない人も大嫌い。」



何も言えない私に佐伯さんが続ける。



「何で生きてるの?」



そんなことを聞かれて・・・



「何の為に生きてるの?」



そんなよく分からないことをまた聞かれて・・・。



そして・・・



「その命もその身体も、いらないなら私にちょうだいよ。」



“狂気”



そうとしか言いようがない雰囲気で佐伯さんが私の方に歩いてきた。
眩しい夕陽が窓から入り、電気もつけなかった会議室の中で夕陽の光りを背中にした佐伯さんの顔は暗くなる。



「ねぇ、いらないなら私にちょうだい?
私ならもっと上手にその命もその身体も使えるから。」



全身が固まり冷や汗が吹き出てくる。



心臓も身体も自分の物ではなくなるような感覚に陥ってくる。



「私の命は二十歳の時に終わった。
それにこんな身体なんて私はいらないから。」



佐伯さんはゆっくりとジャケットを脱ぎ、信じられないことにワンピースまで脱ぎ始めた。



「なに・・・?」



小さな声をぶつける私に佐伯さんはバカにしたような笑顔を浮かべ・・・。



ワンピースの下に着てきたキャミソールまで脱ぎ、ブラジャーとパンツ姿になった。



“綺麗”としか言いようがない佐伯さんの身体に息を飲み見惚れていると・・・



佐伯さんはゆっくりと私に背中を向け、長い髪の毛をかき上げた。



“ソレ”を見て、私はもっと大きく息を飲んだ。



佐伯さんの背中を見て私は息が出来なくなった。



佐伯さんの背中にはこの会議室の暗い色よりももっと深い黒があったから。



首の後ろから背中、腰に掛け・・・



深い赤黒い色で覆われていた。



さっきまで夕陽に照らされていたはずの佐伯さんの背中は、全て深い赤黒い痣で覆われてしまっていた。



その背中を私に見せ続けたままの佐伯さんが首だけを捻り私の方を振り向いた。



「私にアナタの命と身体をちょうだい?」



狂気の顔でそんなことを言われ・・・



私は、自然と頷いてしまった。



あまりの恐怖に、頷いてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...