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そして翌日、クソ親父から拓実のことを何も聞けないまま出勤をした。



いつもより気合いの入れた格好で。
そうしないと歩けないような気がしたから。
人に見られることで、自分をいくらか保てるような気がしたから。



そんな風に思って出勤をしたら・・・



出勤をしたら、いた。



信じられないことに、会社にも拓実がいた。



テディベアのアフロの部署、その副部長と並び座っている。
また驚いている私を拓実はチラッと見て、また平然とした顔をしていた。



部長に聞いたら、“将来の社長候補”として昨日から入社したと聞かされた。
これまでの簡単な経歴や小太郎から紹介されたことも知り・・・。




何度か私のことは見ていたけど、毎回平然とした顔をしている拓実を見て、泣きそうになった。



拓実にはどんな女に見えているのか怖くなった。



ホステスでバイトをしている会社の社長の娘・・・。
父親の会社でもバイトをしている・・・。



なんだか、クソ女のように思えた。
自分がクソ女のように思えた。



本名も教えず、やるだけやって・・・。
嘘の名刺を渡して・・・。



拓実だって、二度と会いたくなかったと思う・・・。
私になんて、二度と会いたくなかったと思う・・・。



でも、私には綺麗な夜だった・・・。
社長の娘の響歌でもなく、ホステスの響華でもなく、“響”だった。
ただの1人の女として、拓実に抱いてもらえたような気がしていた。



そんな綺麗な夜だったのに・・・



また会ってしまって・・・



そして、



そして、



生理が遅れていた・・・。
 


会社でも拓実の姿を見てから両手が震えてきて、慌てて女子トイレに駆け込んだ。



怖かった・・・。



怖かった・・・。



だって、1人では育てられない・・・。



裕福な家で生まれ育った私には、子どもを抱えながら1人では歩けない・・・。



殺される・・・。



殺される・・・。



私の赤ちゃんが、私に殺されてしまう・・・。



赤ちゃんを抱えて歩けないから・・・。



私には1人で歩けないから・・・。



いつか、どこかで、手を離して・・・



赤ちゃんが・・・



赤ちゃんが・・・



私に殺されてしまう・・・。






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