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第46話 女王陛下
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「豚王陛下は指なし党の反乱に心を痛めておられました。その心労がたたって亡くなられたのです」
軍務大臣が死者を悼むように厳粛な口調で言った。
「嘘、そんなことで?」
キャベツ姫はあぜんとした。あの恐怖の大王とまで言われたおとうさんがそんなナイーブな死に方をしたっていうの?
彼女はぷっと吹き出し、それから爆笑した。
「あははははっ、あーはっはっはっ、うわはははっ」
父親の死に、悲しみなど少しも湧きはしなかった。なーんだ、この手で殺しそこなったわ、まぁ、楽でよかったけど、と思っただけだった。
軍務大臣はこの父娘の確執を知っていたが、あまりな反応に呆然とした。
不意に姫の笑いが止まり、鋭く言い放った。
「飾らなくていいわよ、大臣。どうせ怒り狂って、血管が切れて出血多量で死んだのでしょう? いい気味だわ」
彼女の言葉は的確に豚王の死に様を言い当てていた。
「ご明察のとおりです。死因は確かに出血多量でした、陛下」と軍務大臣は言った。
陛下、という言葉にキャベツ姫は引っかかった。姫殿下と呼ばれたことはあっても、陛下と呼ばれたことはなかった。
「まちがわないで、大臣。誰に向かって言ってるの?」
「もちろんあなたです、女王陛下」
軍務大臣がしごく真面目に言っているので、彼女はきょとんとした。
「何言ってるの、からかわないでよ」
「からかってなどおりません。前豚王陛下が亡くなられたときから、あなたは第十四代豚王となられたのですから」
そのセリフは、父親の死そのものより遥かに大きな衝撃をキャベツ姫にもたらした。彼女は激しくまばたきした。そうだった、あたしは唯一の正統な王位継承者なんだ、と今さらのように思い出した。
あまりにも父親から虐げられ、城の男たちから疎外されて生きてきたので、そのことを忘れていた。
あたしが豚王? そう考えると、気分が悪くなってきた。圧政と恐怖の象徴。反吐が出る。
「ごめんだわ! あたしは王位なんていらない!」
彼女は反射的に叫んだ。
「それはできません。あなたには女王となり王国を守る義務があり、それを拒否する権利はありません」
軍務大臣がぴしゃりと言い返した。
キャベツ姫はむっとして、反抗的に彼を睨んだ。その姿は、満たされない心を抱えた、ただの十八歳の女の子のものでしかなかった。彼女にはあの父親の跡を継ぐ、というのがものすごく醜悪に思えた。無理矢理自分を祭り上げようとする軍務大臣への反発で頭がいっぱいになった。
「なんであなたにそんなことが言えるの? あたしは自由よ!」
「あなたは自由ではありません。生まれたときから玉座に縛りつけられていた、豚王国の女王です。あなたにとっては不運なことですが、今王国は未曽有の危機に直面しています。野豚の大群がこのブダペストに向かっているのです。その危機を放置して、玉座を捨てることは許されません」
軍務大臣は一歩も引かない覚悟でキャベツ姫に迫った。
この人怖い、と彼女は怯えた。
「じゃあ、今すぐおとうさんがやった政策のすべてを廃止して! 何もかもよ! 後宮の女の子たちを解放し、でたらめな法律をすぐに廃止するのよ。できないでしょう? 国の権威を台無しにしてしまうものね。でも、できなきゃあたしは絶対に王位なんかにはつかないわ。あの男の跡を継ぐなんてまっぴらよ!」
キャベツ姫は軍務大臣に挑みかかるように叫んだ。困る筈だ、と彼女は思った。
しかし、大臣はそのとき慈父のような微笑みを浮かべたのだ。
「それはすばらしい! 仰せのとおり、すぐにやりましょう。私も、先王には失礼ながら、指つめ法などという法律は廃止すべきだと考えていたのです。もちろん先王が立案し、施行された他の法律もすべて取りやめましょう。女王陛下はどうやら名君であられるようだ。私も仕える甲斐がある」
彼は以前なら不敬罪で首が飛ぶようなことを言った。
キャベツ姫は意外な返答にとまどい、返す言葉がなかった。
軍務大臣が死者を悼むように厳粛な口調で言った。
「嘘、そんなことで?」
キャベツ姫はあぜんとした。あの恐怖の大王とまで言われたおとうさんがそんなナイーブな死に方をしたっていうの?
彼女はぷっと吹き出し、それから爆笑した。
「あははははっ、あーはっはっはっ、うわはははっ」
父親の死に、悲しみなど少しも湧きはしなかった。なーんだ、この手で殺しそこなったわ、まぁ、楽でよかったけど、と思っただけだった。
軍務大臣はこの父娘の確執を知っていたが、あまりな反応に呆然とした。
不意に姫の笑いが止まり、鋭く言い放った。
「飾らなくていいわよ、大臣。どうせ怒り狂って、血管が切れて出血多量で死んだのでしょう? いい気味だわ」
彼女の言葉は的確に豚王の死に様を言い当てていた。
「ご明察のとおりです。死因は確かに出血多量でした、陛下」と軍務大臣は言った。
陛下、という言葉にキャベツ姫は引っかかった。姫殿下と呼ばれたことはあっても、陛下と呼ばれたことはなかった。
「まちがわないで、大臣。誰に向かって言ってるの?」
「もちろんあなたです、女王陛下」
軍務大臣がしごく真面目に言っているので、彼女はきょとんとした。
「何言ってるの、からかわないでよ」
「からかってなどおりません。前豚王陛下が亡くなられたときから、あなたは第十四代豚王となられたのですから」
そのセリフは、父親の死そのものより遥かに大きな衝撃をキャベツ姫にもたらした。彼女は激しくまばたきした。そうだった、あたしは唯一の正統な王位継承者なんだ、と今さらのように思い出した。
あまりにも父親から虐げられ、城の男たちから疎外されて生きてきたので、そのことを忘れていた。
あたしが豚王? そう考えると、気分が悪くなってきた。圧政と恐怖の象徴。反吐が出る。
「ごめんだわ! あたしは王位なんていらない!」
彼女は反射的に叫んだ。
「それはできません。あなたには女王となり王国を守る義務があり、それを拒否する権利はありません」
軍務大臣がぴしゃりと言い返した。
キャベツ姫はむっとして、反抗的に彼を睨んだ。その姿は、満たされない心を抱えた、ただの十八歳の女の子のものでしかなかった。彼女にはあの父親の跡を継ぐ、というのがものすごく醜悪に思えた。無理矢理自分を祭り上げようとする軍務大臣への反発で頭がいっぱいになった。
「なんであなたにそんなことが言えるの? あたしは自由よ!」
「あなたは自由ではありません。生まれたときから玉座に縛りつけられていた、豚王国の女王です。あなたにとっては不運なことですが、今王国は未曽有の危機に直面しています。野豚の大群がこのブダペストに向かっているのです。その危機を放置して、玉座を捨てることは許されません」
軍務大臣は一歩も引かない覚悟でキャベツ姫に迫った。
この人怖い、と彼女は怯えた。
「じゃあ、今すぐおとうさんがやった政策のすべてを廃止して! 何もかもよ! 後宮の女の子たちを解放し、でたらめな法律をすぐに廃止するのよ。できないでしょう? 国の権威を台無しにしてしまうものね。でも、できなきゃあたしは絶対に王位なんかにはつかないわ。あの男の跡を継ぐなんてまっぴらよ!」
キャベツ姫は軍務大臣に挑みかかるように叫んだ。困る筈だ、と彼女は思った。
しかし、大臣はそのとき慈父のような微笑みを浮かべたのだ。
「それはすばらしい! 仰せのとおり、すぐにやりましょう。私も、先王には失礼ながら、指つめ法などという法律は廃止すべきだと考えていたのです。もちろん先王が立案し、施行された他の法律もすべて取りやめましょう。女王陛下はどうやら名君であられるようだ。私も仕える甲斐がある」
彼は以前なら不敬罪で首が飛ぶようなことを言った。
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