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第3話 解体屋とあの女

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 吉田ロンドンは定住者を父とし、放浪の民ロマを母として生まれた。けっして混じりあうことのない血を無理矢理同じ器に盛ってしまったぶっとび混血児の誕生である。
 少年時代、彼は退屈の海に沈んでいた。
 父は平凡な赤目豚の解体屋で、ロンドンは六歳からその仕事を手伝っていた。父が製造した豚のバラバラ死体を頭、胸、腹、足に選り分け、カシラ、タン、ハツ、レバーにまとめる。じめじめした陰気な仕事だった。
 午後三時には流通屋が人骨車を引いてやってくる。ロンドンは選り分けた肉を人骨車に運び込む。その作業の繰り返しが彼の生活だった。
 解体包丁を持つようになったのは十歳のときだ。その頃にはいくら洗っても彼の手から豚脂の臭いは取れなくなっていた。
 彼は後に発揮されることになる才能や陽気さや好奇心を封印されて暮らしていた。ヘリウム風船並みの放浪癖も、人懐っこい笑顔も、およそ彼の特徴と思われるものは原始時代の石油のように埋もれて、まったく顕在化していなかった。
 父はロンドンを生んだ女を「あの女」と呼んで呪っていた。あの女は未来を想定する能力が欠如したロマだった。
 彼女は驟雨に打たれて軒先に座っていたのだ。豚のスープを与えたら、なぜかそのまま居着いてしまった。二年間一緒に暮らして、ロンドンが生まれた。そして、ある日彼女はふいにいなくなってしまったのだ。
 妻だと思っていた女が何の断りもなく消え去り、自分の子を置き去りにしたことは父の理解を超越する行動だった。何にも考えてないとしか思えなかった。
 それは心に深い傷を残したが、時の風化作用がしだいに父を立ち直らせた。定住者がロマと暮らしたのがまちがいだったのだ、と彼は思うようになった。あの女とのことは単なるエピソードとして始末してやる。しかしおれはあの女とはちがう。ロンドンを見捨てるようなことはしねえぞ。おれは息子をりっぱな解体屋に育てあげてみせる。
 けれど。
 その堅い決意の裏には不安が同居していた。息子にはあの女の血が流れている。いつかおれを捨てて定住者をやめちまうかもしれない。
 父の不安はロンドンの陽気さを圧迫する呪縛となり、逆に彼が家を出たいという願いを膨らませる原因となっていた。ヘリウム風船は強い風が吹くのを待っていた。
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