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宇宙タイムマシンと時間の巫女

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 宇宙はタイムマシンだと、中学二年生のときに気づいた。
 宇宙は未来へ向かうタイムマシンだ。僕はこの考えに夢中になり、教室でしゃべりまくった。
「バーカ。時間は次元の一つで、重力の歪みを考慮しなければ、一定の速度で前に進み続けるだけの物理現象だ。宇宙はタイムマシンだなんて戯言を言うな」と宇宙物理学マニアの級友に反論された。
「宇宙は時間を前に進ませるマシンなんだよ」と僕は主張し続けた。
 議論は平行線をたどった。
 僕と級友の言い争いをじっと見ている女子がいた。黒髪を腰まで垂らしたちょっと神秘的な少女だ。
 放課後に彼女は僕をファミレスに誘った。ドリンクバーを注文し、僕はコーラを、彼女はコーヒーを注いで、テーブルで向き合った。
「あなたが正しい」と彼女は言った。
「宇宙がタイムマシンだってこと?」
「そのとおり。宇宙は一種のタイムマシンだと見なしてまちがいない」
「やっぱりね」
 彼女はコーヒーをすすった。端正な顔立ちで、コーヒーカップを持つ姿は、「コーヒーを飲む少女」という絵画になりそうだ。
「でも、そのタイムマシンの調子がここのところおかしいの」
「どういうこと?」
「ときどき時間前進機能が停止する。そのとき、あなたたちの時間も停止しているから、自覚することはできないけれど」
「当然、きみの時間も停止するよね。なぜ宇宙の時間が止まったとわかるの?」
「私は時間の巫女なの。そういう存在がいるのよ。地球人類だけではなくて、この宇宙のあちらこちらに時間の神官は存在している。神官や巫女は、時間が停止しても、動き続けることができる、そして、宇宙の時間前進機能を修理して、また時間を進ませるの」
 僕は驚いて、コーラを飲むことができなかった。
「すごいや。時間の巫女か。きみは特別な存在なんだね」
「そういうことになるわね。あなたたちが止まっているとき、私は動ける。時間が凍った世界で活動している」
「で、タイムマシンの修理って、どうやるの?」
「とてもむずかしい作業をしているわ。私たちは通常、三次元の空間と一次元の時間、合わせて四次元の世界で暮らしているわけだけど、もっと高次元の世界に干渉して、修理するのよ」
「もし超ひも理論が関係しているのなら、少しは知っているよ。宇宙を構成する最小単位は振動する極微のひもで、そのひもは十次元の存在だっていう理論だよね」
「それだけ知っていれば、話は早いわ。私たちは思念の力を使って、十次元に干渉するの。ひもが停止した状態が、時間の停止を引き起こしているんだけど、神官と巫女が祈り、超能力的な力で、ひもを再起動させるのよ。それが宇宙タイムマシンの修理」
「ほわぁ。すごいね」
「タイムマシンの修理は、とても精神力を消耗する。実は私は今、精神を病んで、心療内科に通っている。巫女を続けることがむずかしくなっているの。あなたに私の力を委譲したい。お願い、時間の神官になってほしい」
 途方もない話になってきた。
「その超能力を僕が受け継ぐの?」
「ええ。引き受けてもらえるかしら」
「いいよ。僕は時間の神官になる」
 彼女が僕にキスをした。彼女の唇は細かく振動していた。その振動が僕の唇に移り、彼女の唇は停止した。
「これで力は委譲した。次に時間が停止したら、あなたがタイムマシンを直すのよ」
 その一週間後、宇宙タイムマシンは授業中に故障した。時間が停止し、先生も生徒も動かなくなった。彼女も止まっていた。時間が凍った世界で、僕だけが動けた。
 いや、地球で数人の神官と巫女が動いているのが感じられた。他の星でも、高度な知性を持つ存在が、わずかながら活動を続けていることがわかった。僕たちは繋がっていた。
「祈れ。十次元のひもに祈れ。雨乞いのように。仏陀のように。神前のように。精緻に祈れ。ひもを振動させよ。宇宙が壊死する前に」
 神官長が別の銀河から語りかけている言葉が聞こえてきた。光より速い。この言葉は時間と空間を超越しているのだ。
 僕は祈った。分子の中の原子の中の素粒子の中の小さなひもに祈った。動け動け動け動け!
 何時間祈ったかわからない。そもそも時間の概念が消失した世界での祈りだ。時間を測ることに意味はない。しかし精神的にものすごく負荷のかかる作業であることは確かだった。すごく疲れる。
 いつの間にか時間が動き出して、授業が再開していた。僕はかつて時間の巫女だった少女に視線をやった。目が合った。彼女は何があったか気づいたようだ。
「宇宙タイムマシンを直してくれてありがとう」という小さなメモが僕に回ってきた。
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