みらつりショートショート集

ダークサイエンス

　原子力はダークサイエンスの代表だ。
　アインシュタインはあの有名なＥ＝mc2という式を発表するべきではなかった、と僕は思う。
　キュリー夫人はラジウムを発見するべきではなかった。
　ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリ、フクシマ、そして未来永劫、原子力は悲劇を生んでいくことだろう。
　火力だってダークサイエンスだ。
　石炭・石油発電は地球温暖化を加速し、気候変動の元凶になっている。
　蒸気機関により、人類文明の変貌は加速度を上げた。農薬とプランテーションは生態系を乱した。それらは人口爆発を招いた。
　バイオテクノロジーは神の領域だ。倫理を置いてけぼりにした科学は悪魔の所業だと言っていいだろう。
　ＡＩの研究は人類の存続を脅かすだろう。シンギュラリティが人類のアイデンティティを喪失させる。
　以上は僕の持論だが、共感してくれる人は少なくないのではないかと思う。
　しかし研究というのは、麻薬的な魅力を持っている。実は僕もダークサイエンティストの一人なんだ。研究はやめられない。
　僕はストリングの研究をしている。一般には超ひも理論と言われている分野だ。
　ストリングは振動する極微のひもで、宇宙の最小単位と考えられている。それのどこがダークか説明しよう。
　ストリングは十次元の存在だ。ものすごく小さいが、そのエネルギーを完全に解放すると、軽く地球が消滅する。
　地球は空間と時間を合わせた四次元の存在で、十次元に直接触れると、原形をとどめることはできなくなる、と僕は考えている。仮説だけどね。
　ブラックホールに触れるとどうなるか想像してもらえると、イメージしやすいかもね。ストリングとの接触は、もっとネガティブな現象を引き起こすと思うけど。
　安心してほしい。ストリングは素粒子の中に隠れているので、そう簡単にマクロの存在に影響をおよぼすことはない。
　だが、僕はＳ＝で始まる長大な式を完成させてしまった。ストリングのエネルギー量を計算する式で、超巨大なＥで終わる。
　あれ、ストリング一つで太陽系が消滅しないか？
　この式は発表すべきではない。
　僕はアインシュタインのあやまちを繰り返すつもりはない。
　と思っていたら、僕の研究がいつの間にかネットに流出していた。
　ストリングパワーにより、エネルギー問題が解決するとマスコミは報道し、僕はもてはやされた。
　僕はノーベル物理学賞の授賞式でストリングテクノロジーは人類の手に負えないと演説するつもりだ。