みらつりショートショート集

悪と正義のタイムトラベラー

　ほとんどの人間はひとつの時空しか認識することができない。だからタイムトラベルは不可能だし、時空が改変されたことはないと思っている。
　実際には時間旅行は可能で、時空は改変されまくっている。時空跳躍能力者ともタイムトラベラーとも呼ばれる者たちがそれを行っている。
　タイムトラベラーは２種類いる。いたずらに時空を改変して別の世界線を創る悪の時空跳躍者とそれを消去する正義の時空改変取締官だ。
　私はむろん正義のタイムトラベラーである。
　時空には「始原の時空」と言われる標準時空があり、改変された誤った時空を始原に戻すのが私たちの使命だ。そのためには悪のタイムトラベラーを殺すことを含め、かなりの行為が許されている。もちろん反撃される。
　私は日本人である。始原の時空においては２００１年に生まれた女だ。主に日本の歴史を守るために働いている。
　日本人の悪のタイムトラベラーはミッドウェー海戦を執拗に勝利させようとする。その結果、一時は大日本帝国軍がアメリカ西海岸を占領する世界線が発生するのだが、結局は日本は負ける。
　私はミッドウェー改変者を５人射殺した。６人めに返り討ちにされるのだが、タイムトラベラーは存在可能時空域に生き続けることができる一種の不死者なので、時空取締活動をやめることはない。殺したはずの悪者と再び出会うこともあるし、私を殺したやつを殺し返したこともある。
　一般人にはわけがわからないだろうし、説明しても理解してもらえないのでしない。
　私は幕末から令和２０年頃まで存在することができる。ほぼすべての世界線でＲ２０には日本は凋落している。悪のタイムトラベラーはそれが我慢ならないらしく、時空改変罪を犯し続ける。
　徳川慶喜が土方歳三を重用する世界線を創った時空改変者を愛したことがある。その世界線では明治維新は失敗し、徳川将軍が象徴将軍になるかなり平和な日本の歴史が出現する。始原の時空連続体＝始原の世界線よりよほど人を殺さず、殺されない歴史だ。
　彼は愛国者だ。それは認めるし、大好きな男なのだが、それでも時空改変罪は許されない。認めてしまえば際限のない行為なのだ。日本が世界を支配する世界線まで存在してしまう。他国のタイムトラベラーがそれを許すはずがない。永久に時空改変競争が続いてしまう。
　実際には、罪を許そうが、許すまいが、この闘争は永久に続く。
　私はどうして時空跳躍能力者に生まれてしまったのだろう。永遠に死ねない時空の檻に囚われた存在で、怖ろしく不幸だ。悪のタイムトラベラーを愛さないと自殺しまくってしまうくらい不幸せだ。
　あの人と夜を過ごさないと気が狂う。