みらつりショートショート集

みらいつりびと

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マトリョーシカ小説

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 わたしは22歳の小説家だ。女子大生の奔放な性を書いた「わたしの3人の恋人」という中編小説が新人文学賞を受賞してデビューした。ちなみにわたしは処女で、受賞作は妄想の産物だ。
 2作めは「女子高生が男の子とつきあって乳房を見せるまで」というタイトルの恋愛小説で、初版10万部を1週間で売り切った。わたしには恋愛経験はなく、彼氏いない歴=年齢である。やはり妄想だけで小説を書いた。
 恋愛小説2作のヒットで、わたしには新進気鋭の恋愛作家というレッテルが貼られてしまった。いらない。
 編集者は3作めもいやらしい恋愛小説を書けと急かす。わたしはもう愛だの恋だのは書きたくなかった。
 ところで、わたしにはマトリョーシカ人形を収集するという趣味があった。ロシアの民芸品で、胴体の部分でふたつに分割できる人形である。中には同じ姿だけど少し小さい人形が入っていて、その中にもさらに小さい人形が入っているという入れ子構造をした人形だ。
 わたしはこれを小説化することを思いついた。マトリョーシカ小説だ。小説家を主人公とした小説を書く。当然ながら小説内小説家も小説を書いている。小説家を主人公とした小説だ。小説内小説内小説家も小説を書いている。それが無限に続く。
 編集者は止めたが、わたしはマトリョーシカ小説の執筆に熱中した。小説内小説内小説内小説家、小説内小説内小説内小説内小説家を書いているうちに、わたし自身も小説内小説家であるような気がしてきた。わたしを書いている小説家がいて、その描写のままにわたしはマトリョーシカ小説を書いている。そんな妄想に強く囚われてしまったのだ。
 それが妄想ではなく、事実だと感じられるようになってきた。わたしはパソコンのワープロソフトを使って小説を書いているが、「わたしはパソコンのワープロソフトを使って小説を書いている」という文章に従って動いている存在だと感じられるようになり、さらにはわたしは文章そのものだと思うようになってきた。
「わたしはマトリョーシカだ。マトリョーシカ小説家だ。わたしは小説を書かされているにすぎないのだ」とつぶやくわたしを編集者は心療内科へ連れていった。医師はわたしを解離性障害の初期段階だと診断し、マトリョーシカ小説を書くことを禁止した。
 わたしはマトリョーシカ小説を書くことに執着していて、断筆は苦痛だったが、編集者が監視して、小説を書かせなかった。1ヶ月ほどで禁断症状は消えた。3か月後にはマトリョーシカ小説でなくていいから、小説を書きたくなってきた。
「エロい恋愛小説を書きなさい」と編集者は言った。わたしは開き直って、ふしだらなOLを主人公にした「会議室と給湯室とエレベーターのひめごと」というもはや恋愛小説ですらない官能小説を書いた。もちろん妄想が執筆の原動力だ。
 3作めは大ヒットした。1か月で百万部売れ、店頭から本が消えた。現在大増刷中である。
 わたしは処女で官能小説家になってしまった。編集者はノリノリでもっと書けと迫ってくる。わたしは本当の恋愛を知りたいと思っているが、編集者は妄想で書き続ける方がよいと考えているようである。
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