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ねこ主義者の発見
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私の恋人には、ねこ主義者の疑いがかかっている。
もちろん恋人というのは偽装で、私が彼を女の武器でだましているのだ。
我が国では、ねこ主義者の存在は許されない。
ねこは巧妙に人をたぶらかし、世界を征服しようとしている。絶滅させるべき生物だ。
ねこは発見しだい殺さなくてはならないし、ねこにだまされて、かわいがったり、愛したりしているねこ主義者は終身刑に処されなくてはならない。気の毒かもしれないが、ねこにだまされるのは悪いことだから、仕方がない。
特別治安維持警察に彼がねこ主義者ではないかという密告があった。私にその調査と事実であった場合の逮捕が命じられた。
ねこ類非憐れみの法は厳格に守られなければならない。
いぬ類憐れみの法は最大級に尊重されなければならない。
いぬは人類の味方だ。
私はいぬに吠えられるのが実はほんの少しだけ苦手で、りすとかうさぎとかが好きなのだが、しかしいぬ写真集を百冊持っている。立派ないぬ主義者だ!
彼はちょろかった。
街角で「どこかでお会いしたことはありませんか」とべた過ぎるナンパをして、喫茶店に入った。少し話しただけで、彼が私にまいってしまったことがわかった。
私は美しい容姿と洗練された会話術を武器に、隠れねこ主義者を見つけるのが仕事だ。可能なら逮捕する。スパイじみたことをやるが、お国のための立派な仕事だ。誇りを持っている。
うまく誘導して彼から告白させ、私たちはつきあいはじめた。
「きみが好きだ」と彼は何度も言った。私も「あなたが好き」とそのつど答えた。嘘だけど。
彼は誠実な人だった。
やさしい人だった。
朴訥だが、素敵な笑顔を持っていた。後ろめたいこちらの心をズキリとさせるひまわりのような笑顔だ。
デートを繰り返して、彼の中にあるかもしれない警戒感を完全に消したと思う。
彼は映画館で震えながら私の手を握ってきた。私は強く握り返した。彼の手は汗ばんでいた。
つまらない恋愛映画を見た後で、「あなたの部屋に行きたいな」と私は言った。
もし彼がねこを飼っていたら即アウトだし、ねこの写真を持っているだけで終身刑だ。
私たちは彼のマンションの部屋に行く途中で、スーパーマーケットに寄った。
「私がつくった料理を食べてくれる?」
「もちろんだ。うれしいよ」
私は料理が苦手だが、猛練習しているのだ。
彼の部屋に入った。
ねこはいなかった。その臭いもしなかった。
キッチンを借りて料理に取りかかった。皿を3枚も割ってしまった。焦げたステーキとどう見ても雑なサラダと異臭のするスープをつくってしまった。どうして私は料理が上手にならないのだろう?
でも彼はうれしそうに食べてくれた。
「美味しいね。こんなに美味しいステーキを食べたのは初めてだよ」
「実は料理は苦手なの。練習しているんだけど。愛情は込めたつもりよ」
「本当に美味しいよ!」
私の頬は赤らんでいるかもしれない。
彼なんか好きじゃないけれど、褒められればふつうにうれしい。
「お風呂に入らせてもらってもいいかしら? 料理をがんばったせいで汗をかいちゃった」
「え? うん、いいよ……」
私はお風呂を沸かしてもらって、ゆっくりと湯船につかった。出てから彼に告げた。
「あなたも入ってよ。ゆっくりとあたたまって。今日は寒いから」
「う、うん。じゃあ、そうしようかな」
彼は耳を真っ赤にして、そわそわしながら風呂場に行った。ちょろい。
彼の部屋を捜索した。私にはすばやくブツを捜すテクニックがある。
心の底では、ねこの写真が見つからなければいいなと思いながら、職人的技で部屋を調べた。
彼はふつうにいい人だから、終身刑にするのはかわいそうだ……。
本棚の二重構造の隠し棚から、大量のねこの写真が見つかった。私は職業柄、いろいろなねこの写真を見ているが、珠玉のねこ写真が多数混ざっていた。いぬ主義者であるはずの私ですら、キュンとする写真があった。
よくこの時代にこれだけの質と量のねこの写真を集めることができたな、と感心するほどたくさんある。
どうすればいいのだろう。
彼を逮捕したくない。
その気持ちがふいに湧きあがってきた。
この致命的な物証。並の量じゃない。これだけのねこの写真を持っていることが明るみに出たら、終身刑では済まない。確実に絞首刑だ。もっと残酷な刑に処されるかもしれない。
私は写真を隠し棚に戻した。
彼に高性能のシュレッダーをプレゼントしなくてはならない。その上で海に捨てさせなければ。いや、そんな面倒で危険なことをする必要はない。風呂場で写真を焼却して、灰を流してしまえばいい。
彼を表面上だけでもいいから、いぬ主義者にしなければならない。私は監視されてはいないだろうか? 危険度Aランクのねこ主義者をかばったことがバレたら、処刑される。私も特別治安維持警察に監視されていると考えておいた方がいいんだろうな……。
私は脳を高速回転させた。危険な思考だということはわかっている。しだいに頭が混乱してきた。
彼がお風呂から出てくる気配がした。
私は決断を迫られ、硬直していた……。
もちろん恋人というのは偽装で、私が彼を女の武器でだましているのだ。
我が国では、ねこ主義者の存在は許されない。
ねこは巧妙に人をたぶらかし、世界を征服しようとしている。絶滅させるべき生物だ。
ねこは発見しだい殺さなくてはならないし、ねこにだまされて、かわいがったり、愛したりしているねこ主義者は終身刑に処されなくてはならない。気の毒かもしれないが、ねこにだまされるのは悪いことだから、仕方がない。
特別治安維持警察に彼がねこ主義者ではないかという密告があった。私にその調査と事実であった場合の逮捕が命じられた。
ねこ類非憐れみの法は厳格に守られなければならない。
いぬ類憐れみの法は最大級に尊重されなければならない。
いぬは人類の味方だ。
私はいぬに吠えられるのが実はほんの少しだけ苦手で、りすとかうさぎとかが好きなのだが、しかしいぬ写真集を百冊持っている。立派ないぬ主義者だ!
彼はちょろかった。
街角で「どこかでお会いしたことはありませんか」とべた過ぎるナンパをして、喫茶店に入った。少し話しただけで、彼が私にまいってしまったことがわかった。
私は美しい容姿と洗練された会話術を武器に、隠れねこ主義者を見つけるのが仕事だ。可能なら逮捕する。スパイじみたことをやるが、お国のための立派な仕事だ。誇りを持っている。
うまく誘導して彼から告白させ、私たちはつきあいはじめた。
「きみが好きだ」と彼は何度も言った。私も「あなたが好き」とそのつど答えた。嘘だけど。
彼は誠実な人だった。
やさしい人だった。
朴訥だが、素敵な笑顔を持っていた。後ろめたいこちらの心をズキリとさせるひまわりのような笑顔だ。
デートを繰り返して、彼の中にあるかもしれない警戒感を完全に消したと思う。
彼は映画館で震えながら私の手を握ってきた。私は強く握り返した。彼の手は汗ばんでいた。
つまらない恋愛映画を見た後で、「あなたの部屋に行きたいな」と私は言った。
もし彼がねこを飼っていたら即アウトだし、ねこの写真を持っているだけで終身刑だ。
私たちは彼のマンションの部屋に行く途中で、スーパーマーケットに寄った。
「私がつくった料理を食べてくれる?」
「もちろんだ。うれしいよ」
私は料理が苦手だが、猛練習しているのだ。
彼の部屋に入った。
ねこはいなかった。その臭いもしなかった。
キッチンを借りて料理に取りかかった。皿を3枚も割ってしまった。焦げたステーキとどう見ても雑なサラダと異臭のするスープをつくってしまった。どうして私は料理が上手にならないのだろう?
でも彼はうれしそうに食べてくれた。
「美味しいね。こんなに美味しいステーキを食べたのは初めてだよ」
「実は料理は苦手なの。練習しているんだけど。愛情は込めたつもりよ」
「本当に美味しいよ!」
私の頬は赤らんでいるかもしれない。
彼なんか好きじゃないけれど、褒められればふつうにうれしい。
「お風呂に入らせてもらってもいいかしら? 料理をがんばったせいで汗をかいちゃった」
「え? うん、いいよ……」
私はお風呂を沸かしてもらって、ゆっくりと湯船につかった。出てから彼に告げた。
「あなたも入ってよ。ゆっくりとあたたまって。今日は寒いから」
「う、うん。じゃあ、そうしようかな」
彼は耳を真っ赤にして、そわそわしながら風呂場に行った。ちょろい。
彼の部屋を捜索した。私にはすばやくブツを捜すテクニックがある。
心の底では、ねこの写真が見つからなければいいなと思いながら、職人的技で部屋を調べた。
彼はふつうにいい人だから、終身刑にするのはかわいそうだ……。
本棚の二重構造の隠し棚から、大量のねこの写真が見つかった。私は職業柄、いろいろなねこの写真を見ているが、珠玉のねこ写真が多数混ざっていた。いぬ主義者であるはずの私ですら、キュンとする写真があった。
よくこの時代にこれだけの質と量のねこの写真を集めることができたな、と感心するほどたくさんある。
どうすればいいのだろう。
彼を逮捕したくない。
その気持ちがふいに湧きあがってきた。
この致命的な物証。並の量じゃない。これだけのねこの写真を持っていることが明るみに出たら、終身刑では済まない。確実に絞首刑だ。もっと残酷な刑に処されるかもしれない。
私は写真を隠し棚に戻した。
彼に高性能のシュレッダーをプレゼントしなくてはならない。その上で海に捨てさせなければ。いや、そんな面倒で危険なことをする必要はない。風呂場で写真を焼却して、灰を流してしまえばいい。
彼を表面上だけでもいいから、いぬ主義者にしなければならない。私は監視されてはいないだろうか? 危険度Aランクのねこ主義者をかばったことがバレたら、処刑される。私も特別治安維持警察に監視されていると考えておいた方がいいんだろうな……。
私は脳を高速回転させた。危険な思考だということはわかっている。しだいに頭が混乱してきた。
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