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ねぇ、どちらがサタンの跡継ぎなの?
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蛇たちの世界を見ることだけがエバの愉しみだった。
サタン王のもとで、蛇人類たちの文明は勃興していった。街は都市になり、都市は国家になった。サタンの住む大きな家は豪奢な館になり、ついには巨大な城になった。蛇人は農民、大工、商売人、戦士、貴族などに分かれていった。不思議な変化で、エバは知恵の力のなせる業なのだろうと思うばかりだった。エデンの園には常に豊かな実りがあったが、何十年経っても、変化はなかった。繰り返しがあるだけだ。
サタンはときどきエデンの園と彼らの世界の境界に来て、エバと話をしてくれた。
「私たちの国はだいぶ大きくなりました。農業生産は増加し、世帯と人口も順調に増えています。外縁の荒野を開墾し、領土を拡大しています。国の名前も付けました。父の名を取って、デモン王国と名付けました。私は今はデモン王国の二代目の王、サタン・デモンと名乗っています。蛇人すべてを支配する王です」
「あなたの言葉があんまりよく理解できないんだけど、なんだかすごいってことだけはわかるわ」
「私にはあなたがすごいと思えます、エバ」
「どうして私なんかがすごいの?」
「あなたは不老不死です。神と会ったことがある人間です。神話の世界の人物だ」
「そのとおりだけど、たいしたことではないわよ。生命の樹の実を食べたらこうなったってだけの話よ」
「エデンの園には私たちは入れない。神の創ったこの膜は透明で柔らかいけれど、絶対に破れないし、壊れないんです。私たちは何度も試しましたが、無理でした」
「ああ、やっていたわね」
サタンは蛇人を指揮して、剣や槍や火や弓矢や棍棒で境界の膜を破れないかと試みていた。しかし神の創造した膜はけっして壊れなかった。伸び縮みはするが、絶対に破れないのだ。
「私は王になり、不老不死に興味を持ちました。この権力と富を持ったまま、永久に生きたい。エデンの園に行き、生命の樹の実を食べたいと思った。しかし無理なようです」
「不老不死なんていいものじゃないよ。死ねた方がいいよ。デモンがそう言っていたし、今では私もそう思ってる」
「そのようですね。知り合いが死に、取り残されるのはつらそうだ」
「そうよ。いずれサタンも死んで、話し相手がいなくなる」
「私の妻が妊娠しています。そのうちに子を連れて来ますよ」
デモン王国の発展をエバは見守り続けた。エデンの園は外周を膜で覆われていて、かつては膜の一部から街が見えただけだったが、今では外周すべてが街と農地に包まれていた。王国は外に向かってさらに大きく広がっているはずだが、どれほどの大きさなのか、膜から出ることのできないエバには知りようがなかった。とにかく拡大し続けていることだけは確かだった。サタンと会うたびに、王国の隆盛の話を聞かされたからだ。
「デモン王国の人口は百万人を突破しました」
百万人というのが、どれほどの多さなのか、エバにはよくわからなかった。彼女には数学はおろか算数の知識もない。知恵の樹の実を食べてはいないから。エバにとっては百ですら大きい数字だ。万とか百万とか言われても、途方もなく多いとしかわからない。
「息子と娘を紹介します。デビルとエビルです」
壮年となったサタンが、息子のデビル・デモンと娘のエビル・デモンを紹介した。
「そっくりだね。男の子と女の子?」
「そうです。双子なのですよ」
「こんにちは、デビル、エビル」
「こんにちは、エバ」
「こんにちはです、エバ」
かわいい王子と王女を見て、エバは微笑んだ。
「ねぇ、どちらがサタンの跡継ぎなの?」
デビルとエビルが見つめ合った。その目にはどことなく不穏な色があった。
「ははは、そんなことはまだわかりませんよ」とサタンは笑った。
「そうか。そうだね」とエバは答えた。そのときもまだデビルとエビルは睨み合っていた。
サタンはその後もときどき二人の子どもを連れてエバに会いに来たが、王子と王女が仲よく話すのをエバは一度も見ることがなかった。二人はけんかさえしなかった。双子は父親の両脇に分かれて、ときどき冷たい視線を交わすだけだった。
サタンが急死し、デモン王国はデビル派とエビル派に別れて、戦争を始めた。蛇人同士が殺し合うのを見て、エバはショックを受けた。大勢の蛇人が大勢の蛇人と戦い、斬り合い、目の前で血を流して死んでいった。その戦いは怒りと苦痛に満ちているようだった。なんでこんなことが起こるのかわけがわからなかった。エデンの園でも狼が兎を食い殺すことはある。しかし戦争はまったく性質の異なる殺しだった。息子と娘のどちらかが王になるのを決めるためだけに、多くの蛇人が死んでいく。
目を背けたくなるような奇怪な争いだったが、エバはそれを見続けた。
戦争は何年も続いた。
デビルとエビルがそれぞれに城を持ち、国が二つできた。
国が分裂して争いはいったん収まったかに見えたが、再燃し、また静まり、また戦いという感じで、両国は何十年と断続的に争い続けた。
戦いは国を疲弊させたが、文明を進歩させもした。初めはどちらの陣営も銅製の剣と槍と矢を使っていたが、エビル女王の国が鉄を発明した。そしてエビルの国がデビルの国を圧倒し、勝利した。
エバはその戦争をずっと見ていた。蛇人が蛇人を剣で斬り、槍で突き刺し、矢で貫き、殺し合うのを見た。双子が相争い、妹が兄を殺した戦争。最初は恐怖と悲哀を感じていたが、いつしか感情を失って眺め、最後はやっと終わったかと思った。
「デビルは死にました。今では私がすべてを支配しています、エバ」黒髪のエビルがエバに伝えた。彼女は大勢の親衛隊を率いていた。
「どうして戦争なんてしたの?」
「どうして? どうしてでしょうね? 私は何がなんでも王になりたいわけじゃなかった。あえて言うなら、デビルが王になるのは嫌だったからかもしれませんね」
「それだけの理由で何十年も戦ったの?」
「ええ。たぶん兄も同じ理由だったんじゃないかしら。ふふっ」
エビルはなんら悪びれずに笑った。
「戦争で国土は荒廃しましたが、これから私が復興させます。デモン王国はもっと大きくなります。見ていてください、エバ」
エビル・デモン女王はその言葉どおり、廃墟と化していた街を復興させ、尖塔がいくつもそびえる華やかな城を築いた。彼女はけっして暴君ではなく、戦後はずっと平和を保ち、王国を繁栄させた。国民は彼女を称えた。しかしエバは、エビルが戦争で数え切れないほどの蛇人を殺したことをけっして忘れなかった。
サタン王のもとで、蛇人類たちの文明は勃興していった。街は都市になり、都市は国家になった。サタンの住む大きな家は豪奢な館になり、ついには巨大な城になった。蛇人は農民、大工、商売人、戦士、貴族などに分かれていった。不思議な変化で、エバは知恵の力のなせる業なのだろうと思うばかりだった。エデンの園には常に豊かな実りがあったが、何十年経っても、変化はなかった。繰り返しがあるだけだ。
サタンはときどきエデンの園と彼らの世界の境界に来て、エバと話をしてくれた。
「私たちの国はだいぶ大きくなりました。農業生産は増加し、世帯と人口も順調に増えています。外縁の荒野を開墾し、領土を拡大しています。国の名前も付けました。父の名を取って、デモン王国と名付けました。私は今はデモン王国の二代目の王、サタン・デモンと名乗っています。蛇人すべてを支配する王です」
「あなたの言葉があんまりよく理解できないんだけど、なんだかすごいってことだけはわかるわ」
「私にはあなたがすごいと思えます、エバ」
「どうして私なんかがすごいの?」
「あなたは不老不死です。神と会ったことがある人間です。神話の世界の人物だ」
「そのとおりだけど、たいしたことではないわよ。生命の樹の実を食べたらこうなったってだけの話よ」
「エデンの園には私たちは入れない。神の創ったこの膜は透明で柔らかいけれど、絶対に破れないし、壊れないんです。私たちは何度も試しましたが、無理でした」
「ああ、やっていたわね」
サタンは蛇人を指揮して、剣や槍や火や弓矢や棍棒で境界の膜を破れないかと試みていた。しかし神の創造した膜はけっして壊れなかった。伸び縮みはするが、絶対に破れないのだ。
「私は王になり、不老不死に興味を持ちました。この権力と富を持ったまま、永久に生きたい。エデンの園に行き、生命の樹の実を食べたいと思った。しかし無理なようです」
「不老不死なんていいものじゃないよ。死ねた方がいいよ。デモンがそう言っていたし、今では私もそう思ってる」
「そのようですね。知り合いが死に、取り残されるのはつらそうだ」
「そうよ。いずれサタンも死んで、話し相手がいなくなる」
「私の妻が妊娠しています。そのうちに子を連れて来ますよ」
デモン王国の発展をエバは見守り続けた。エデンの園は外周を膜で覆われていて、かつては膜の一部から街が見えただけだったが、今では外周すべてが街と農地に包まれていた。王国は外に向かってさらに大きく広がっているはずだが、どれほどの大きさなのか、膜から出ることのできないエバには知りようがなかった。とにかく拡大し続けていることだけは確かだった。サタンと会うたびに、王国の隆盛の話を聞かされたからだ。
「デモン王国の人口は百万人を突破しました」
百万人というのが、どれほどの多さなのか、エバにはよくわからなかった。彼女には数学はおろか算数の知識もない。知恵の樹の実を食べてはいないから。エバにとっては百ですら大きい数字だ。万とか百万とか言われても、途方もなく多いとしかわからない。
「息子と娘を紹介します。デビルとエビルです」
壮年となったサタンが、息子のデビル・デモンと娘のエビル・デモンを紹介した。
「そっくりだね。男の子と女の子?」
「そうです。双子なのですよ」
「こんにちは、デビル、エビル」
「こんにちは、エバ」
「こんにちはです、エバ」
かわいい王子と王女を見て、エバは微笑んだ。
「ねぇ、どちらがサタンの跡継ぎなの?」
デビルとエビルが見つめ合った。その目にはどことなく不穏な色があった。
「ははは、そんなことはまだわかりませんよ」とサタンは笑った。
「そうか。そうだね」とエバは答えた。そのときもまだデビルとエビルは睨み合っていた。
サタンはその後もときどき二人の子どもを連れてエバに会いに来たが、王子と王女が仲よく話すのをエバは一度も見ることがなかった。二人はけんかさえしなかった。双子は父親の両脇に分かれて、ときどき冷たい視線を交わすだけだった。
サタンが急死し、デモン王国はデビル派とエビル派に別れて、戦争を始めた。蛇人同士が殺し合うのを見て、エバはショックを受けた。大勢の蛇人が大勢の蛇人と戦い、斬り合い、目の前で血を流して死んでいった。その戦いは怒りと苦痛に満ちているようだった。なんでこんなことが起こるのかわけがわからなかった。エデンの園でも狼が兎を食い殺すことはある。しかし戦争はまったく性質の異なる殺しだった。息子と娘のどちらかが王になるのを決めるためだけに、多くの蛇人が死んでいく。
目を背けたくなるような奇怪な争いだったが、エバはそれを見続けた。
戦争は何年も続いた。
デビルとエビルがそれぞれに城を持ち、国が二つできた。
国が分裂して争いはいったん収まったかに見えたが、再燃し、また静まり、また戦いという感じで、両国は何十年と断続的に争い続けた。
戦いは国を疲弊させたが、文明を進歩させもした。初めはどちらの陣営も銅製の剣と槍と矢を使っていたが、エビル女王の国が鉄を発明した。そしてエビルの国がデビルの国を圧倒し、勝利した。
エバはその戦争をずっと見ていた。蛇人が蛇人を剣で斬り、槍で突き刺し、矢で貫き、殺し合うのを見た。双子が相争い、妹が兄を殺した戦争。最初は恐怖と悲哀を感じていたが、いつしか感情を失って眺め、最後はやっと終わったかと思った。
「デビルは死にました。今では私がすべてを支配しています、エバ」黒髪のエビルがエバに伝えた。彼女は大勢の親衛隊を率いていた。
「どうして戦争なんてしたの?」
「どうして? どうしてでしょうね? 私は何がなんでも王になりたいわけじゃなかった。あえて言うなら、デビルが王になるのは嫌だったからかもしれませんね」
「それだけの理由で何十年も戦ったの?」
「ええ。たぶん兄も同じ理由だったんじゃないかしら。ふふっ」
エビルはなんら悪びれずに笑った。
「戦争で国土は荒廃しましたが、これから私が復興させます。デモン王国はもっと大きくなります。見ていてください、エバ」
エビル・デモン女王はその言葉どおり、廃墟と化していた街を復興させ、尖塔がいくつもそびえる華やかな城を築いた。彼女はけっして暴君ではなく、戦後はずっと平和を保ち、王国を繁栄させた。国民は彼女を称えた。しかしエバは、エビルが戦争で数え切れないほどの蛇人を殺したことをけっして忘れなかった。
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