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青州黄巾賊

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 兗州牧となった曹操のもとには、相当の人材が集まっていた。
 知謀の士としては、荀彧が馳せ参じ、その推薦で、鍾繇、戯志才、郭嘉が仕官した。
 兗州東郡出身の陳宮はすでに曹操の旗下にいて、同じく東郡生まれの程立も縁あって仕えることになった。

 武勇の士では、兗州陽平郡生まれの楽進が、対董卓戦の頃から従っている。
 兗州山陽郡出身の李典も曹操軍に加わった。

 曹洪、曹仁、夏侯惇、夏侯淵は引きつづき曹操の旗下にある。
 夏侯惇は、兗州牧に昇進した曹操の跡を受けて、東郡太守を務めた。
 陳留郡太守であった張邈は、曹操の盟友とでも言うべき立場にいた。

 ついでながら、陳留郡出身の豪傑、典韋が夏侯惇の配下になっていた。
 彼はいくたびか戦功をあげ、曹操の目にとまり、親衛隊長に就任した。
 昼はずっと曹操のそばに立って離れず、夜は門衛をして、そこで眠った。

 寡黙な人だった。
 大きな身体をすっくと立てて、鷹のように目を光らせ、主を守る。
「…………」
「典韋、ご苦労」
「こ、これが…………あっしの、仕事、なので……」
 朴訥な物言いを、曹操は愛した。
「おまえがいると、私は安心していられる」
「あ、ありがたき……おこと……ば……」
 典韋は感激屋で、曹操に褒められると、いかつい顔を真っ赤にした。
 
 さて、曹操にとっての難題は、青州黄巾賊対策である。
 青州黄巾賊は、青州で食えなくなって兗州へ流れてきた難民である。
 その数は百三十万人におよぶ。武装した者が三十万、非戦闘員が百万。
 前兗州刺史の劉岱は、これと戦って敗死した。
 青州難民たちはまだ兗州にいて、略奪によって生きている。

 曹操は東平国寿張県で、青州黄巾賊と戦うことにした。ここに多くの難民が流入し、被害が大きい。
 寿張城に入り、まずは守りをかためた。
「積極的に出撃して、賊を討ちましょう」と鮑信は主張した。
「やってくれますか」
 彼に兵を授けて、戦わせることにした。
「黄巾賊の主力とは戦わず、弱兵から討伐するのがよいでしょう」と曹操は策を与えた。

 弱兵だけ選んで戦うというようなことが、可能なのかどうか。
 鮑信は転戦し、黄巾賊を各地で破ったが、ついに敵主力とぶつかって戦死した。
 鮑信のもとにいた于禁は寿張城に生還し、以後、曹操の武将となった。

 曹操は彼を支えつづけてくれた鮑信の死を悲しみ、遺体を捜させたが、見つからなかった。
 息子の鮑卲を引き立てることにして、騎都尉に任じた。
 鮑信は清らかな人物で、兵たちに多くの施しをしていたため、遺産はまったくなかったという。

 鮑信の討ち死に後、曹操は方針を転換し、荀彧を黄巾軍のもとに派遣して、交渉を行わせた。
 荀彧を通じて、黄巾軍の指導者たちに条件付きの降伏を提案した。

 略奪や反乱を起こさない限り、太平道の信仰を認める。
 青州難民には、兗州内に耕す土地を与える。
 武装兵は屯田兵となり、我に仕えよ。

 荀彧は数か月間、黄巾軍の中を歩き回って、長老たち、将兵、信徒と語らった。
「兗州軍と黄巾軍が戦いつづけても、不毛です。消耗戦が長引き、いたずらに屍が増えるばかりで、両軍にとってよいことはありません」
「どうすればよいのだ」
「わが主は、あなたがたの信仰を認めます」
「それはありがたいが、信仰では食っていけないのだ。我々は生存の危機に直面している」
「当座の食糧は提供しましょう。土地も与えますから、耕してください」
「この地の農民となれるのか」
「兵は略奪をやめ、屯田兵となって、わが主に従ってください。難民は兗州に根づく無辜の民となって、平穏に暮らしていただきたい」

 荀彧の粘り強い交渉が実って、青州の黄巾の民は、降伏した。
 曹操は非戦闘員を兗州各地に分散させ、農地を与えた。
 黄巾兵の中から精鋭を選んで、東郡に駐屯させ、曹操軍に組み込んだ。
 平時は耕し、戦時は戦う屯田兵。
 曹操は、この元黄巾精鋭部隊を青州兵と名づけた。彼の主力軍として、戦いつづけることになる。

 荀彧は青州黄巾軍との交渉で、相当に消耗したらしい。
 瘦せ衰えて、寿張城に帰ってきた。
 曹操は荀彧を東郡の鄄県令に任命した。
「しばらく軍務はしなくてよい。ゆっくりと休養せよ」

 東郡は曹操の地盤である。
 州衙を東武陽県に置いて、曹操自らが駐屯した。
 郡衙は濮陽県にあり、夏侯惇が守っている。
 鄄県には荀彧。
 東阿県と范県に堅城があった。
 曹操は范県令に程立を指名した。
 東阿県令に任じられた棗祗は、豫州潁川郡出身で、天性の忠義を有すると評された人物である。屯田制を根づかせることにも尽くした。

 黄巾軍を降伏させ、兗州を平和にした曹操は、徐州琅邪郡にいた父曹嵩や弟曹徳たちを呼び寄せようとした。
 これが悲劇の幕開けとなった。
 徐州牧陶謙の配下の兵が、旅路にあった曹嵩、曹徳らの曹一族を皆殺しにしたのである。

 犯人は、陶謙の命令で曹嵩一行を護送していた二百騎ほどの騎兵隊。指揮官は張闓。
 目的は略奪。曹嵩の荷物を運ぶ車は、百台以上にもおよんだ。張闓たちは曹嵩一家を殺し、財産を奪って逃げた。

 曹操は激怒した。
「ゆ、許せん……! わが父を斬り、弟を、妹を、従者を惨殺するなど、絶対に許せない。殺す、皆殺しにしてやる!」
 陶謙を恨み、徐州そのものをも憎んだ。 
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